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北国街道・信濃上田のひそやかな美味
 明治維新からの百四十年で日本の町並みは大きく変わった。せいぜい荷車が通った程度の二階建ての通りから、両側にビルが建ち並び自動車通行最優先の道路になったのだから、江戸時代の人が見たらびっくり仰天だろう。  昔の町並みが残っているのは、京都であり、各地のいわゆる小京都である。それでも、とてもがんばって保存したものだったり、大規模に復元してようやく景観を保っている町が多い。  時代のままに生きてきた町には、新旧の景観が同居していて、江戸時代の面影を残す商家の隣にガソリンスタンドがあったり、宿場町 ...続きを見る

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2008/11/06 08:27
信州・トマトとそばの旅──松本・里山辺編
 安曇野・穂高のそば上條から国道147号線を松本へ向かう。途中、寄ったのは豊科のビレッジ安曇野。直販所や宿泊施設など複合施設の一角にあづみ野ガラス工房があり、ここで製作している田中恭子さんに会いたかったのだ。上條さんから彼女ののびやかな作風について聞いていたからで、向日葵のような黄色で大胆に彩ったガラス皿はそばサラダにうってつけらしい。  訪ねてみると、田中さんはまだ学生のような初々しさ。Tシャツの首に巻いたタオルがガラスづくりの過酷さを伝えてくる。灼熱の火で飴のようにとろけたガラスと対峙し、 ...続きを見る

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2008/08/21 08:02
信州・トマトとそばの旅──安曇野編
 夏ならではの醍醐味はいろいろあるが、信州なら、トマトの丸かじりである。一口に信州といっても広大だが、トマトにピントをしぼったとき、わたしの頭は信州=松本平となる。さらさらのルビー色した液体がグラスの余白を満たしていくトマトジュース。そのままご飯にかけて食べたくなるような無垢なトマトケチャップ。どちらも松本生まれなのだ。  トマトは南米のアンデスが原産地だけに、アンデスそっくりの気候風土なら最高。近年、原産地農法を謳うトマトが目の玉が飛び出るお値段で売られているのをご存じの方もいるだろう。 ...続きを見る

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2008/08/07 07:37
軽井沢追分宿・中山道69次資料館で憩う
 鉄道の起点は東京駅だが、道路の起点は日本橋で、橋の中央に日本国道路元標が埋め込まれている。  わたしはその日本橋の町の一角の育ちで、仕事がら取材旅行がとても多い。当然、鉄道にも道路にもずいぶんお世話になっているわけだが、日本橋起点の街道には決してくわしくない。  江戸時代に整備された五街道は東海道、中山道、甲州街道、奥州街道、日光街道で、軽井沢の友人たちと食探訪をはじめてからは、中山道との縁が深くなっている。  中山道は日本橋から板橋を経て、埼玉県から長野県南部を通り、諏訪から木曽、 ...続きを見る

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2008/07/03 08:12
信州望月の職人館で食養そば料理を味わう
 大きな駅から離れ、高速のインターから遠ざかるにつれ、もともとの日本の風景が顔をのぞかせはじめる。長野県佐久市春日(旧北佐久郡望月町春日)もそんな“ふるさと”のひとつ。ざっといえば、浅間山と蓼科山の真ん中あたりの八ヶ岳北麓に位置し、中山道の名残りを伝える望月宿や茂田井宿の南にある隠れ里である。  このあたりは、なだらかな里山に囲まれた1〜2キロ四方ほどの小さな盆地で、田んぼのなかに集落のかたまりが点在している。そんななんでもない風景を、それも初めて見たのになつかしく思えるようだったら、あなたの ...続きを見る

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2008/06/19 08:04
信州おやき旅――小川村、生坂村編
 次は西山地区。長野市西部の山間部に位置するための総称で、具体的には中条村、小川村、信州新町などを指す。土地の大半が急な傾斜地のため、米づくりはむずかしく、麦、豆、そばなどの産地になっている。そのおかげで粉食の文化が発達し、とくに囲炉裏で焼くおやきは日常食であった。  このおやきに着目し、小川村の前村長が地産地消の目玉にした。村に縄文遺跡があることから「縄文おやき」と名付けたり、復元した竪穴式住居の囲炉裏で伝統おやきづくりを体験できる第三セクターの会社をつくって大成功したのである。 ...続きを見る

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2007/11/01 06:38
信州おやき旅──善光寺編
 この3〜4年、「米ぢから」という言い方で、米料理や米菓子の再発見について書いている。でも、不思議なことに“米もの”にはまればはまるほど、“小麦もの”のうどんやほうとうにも興味が深まっていく。米を陽とするなら、小麦は陰の関係で、どちらか一方だけに肩入れしても日本の食はわからないのだ。  歴史的にいうと、この国は米を税金の基準にして以来、あらゆる地面を田んぼとして開発してきた。だが、米の品種改良がすすんだ現代では想像もつかないけど、ふた昔前まではどんなにがんばっても米がつくれない地域があった。季 ...続きを見る

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2007/10/17 20:46

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