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阿蘇の隠れ里へ地熱利用の焼き米を求めてB―岳の湯か...
温泉蒸気が大地から噴き出している隠れ里──岳の湯で、地獄蒸しという恐ろしげだが、じつはおいしくてミネラル分豊富な朝ごはんにすっかり満腹してしまった。でも、わたしはすぐに腰を上げ、山口さんの工房へ戻ることにした。焼き米の製造現場を早く見たかったからである。
途中、白い長袖シャツにグレーのズボン姿のお年寄りとすれちがった。牛を草原に放し、夕方に連れ帰るまでのあいだ、家に戻ってきたといった感じである。
その人は、深々とお辞儀をした。初対面のわたし、まったく他所者のわたしに向かって、である
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2008/10/02 07:29 |
阿蘇の隠れ里へ地熱利用の焼き米を求めてA─岳の湯編...
九重町のある“豊の国”大分の別府温泉には、「地獄蒸し」と称する名物料理がある。湯気もうもうの温泉蒸気で魚、野菜、卵などを一気に蒸し上げ、観光客に提供するもの。地底エネルギーを活用する知恵は、エコやクリーンエネルギー源の見直しが叫ばれるずっと昔から日本人に備わっていたのだ。
だが、これを一人の人間が食品加工に活用し、しかも商品化を実現してしまうなんて……なんと大胆で、勇ましいこと。その人こそ、わたしを真夜中の道を湯気の湧き立つ阿蘇の隠れ里・岳の湯(たけのゆ)へ導いた山口怜子さん。福岡県久
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2008/09/25 08:14 |
阿蘇の隠れ里へ地熱利用の焼き米を求めて@─岳の湯編...
八十八通りのご飯物や米の加工品から米なくして成り立たない日本の食文化を考えた「米ぢから八十八話」(家の光協会)という本を書いたことがある。そのとき、八十八という区切りのせいで(米にまつわるストーリーは八百八話にしても足りない!)収録できなかったすばらしい米ものの筆頭に焼き米がある。
焼き米は、山里で大切に作られてきた保存食。また、軽井沢・追分宿の中山道69次資料館には焼き米を商う宿場町の茶店を描いた絵が展示されており、江戸時代は焼き米が携行食として普及していたことがわかる。
こんな
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2008/09/18 07:42 |
箱根・小田原、清爽街道の旅──小田原編
浜邸のある箱根町は、周囲約二十キロの芦ノ湖の南端に位置し、江戸時代には東海道の箱根の関所が置かれていた。だから杉並木の残る旧街道経由で小田原へ出るほうが旅の気分が高まるのだろうが、次の目的地・小田原から大声で呼ばれているような気がして、来たときのバス道を戻り、箱根湯本経由で小田原へ急ぐことにした。かまぼこ、梅干し、和菓子……と小田原は寄りたいところだらけなのだ。急がないと日が暮れてしまう。
バスが小田原の街に近づくと、かまぼこの匂いがふと鼻をくすぐってきた。風祭という町で、ここから小田
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2008/09/11 07:54 |
箱根・小田原、清爽街道の旅──箱根編
どの土地にも人々の心の拠りどころとなる山がある。青森なら岩木山、盛岡なら岩手山であろう。青森の友人が、山に向かって「おいわきさん、ありがとう」と唱え、手を合わせて拝む姿を見たときは、じーんとなったものだ。日本の農耕儀礼は、春に山から下りてきた神様を迎え、秋の実りのあと山へ戻る神様を見送るという信仰が土台になっている。古代人の敬虔な心は、遺伝子となって、朝な夕なに山を望む環境の人たちに伝わっているに違いない。
ひるがえって、東京の山を考えると、空気の澄んだ元旦にくっきり見えるのは確かだけど、
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2008/09/04 08:26 |
信州・トマトとそばの旅──松本・里山辺編
安曇野・穂高のそば上條から国道147号線を松本へ向かう。途中、寄ったのは豊科のビレッジ安曇野。直販所や宿泊施設など複合施設の一角にあづみ野ガラス工房があり、ここで製作している田中恭子さんに会いたかったのだ。上條さんから彼女ののびやかな作風について聞いていたからで、向日葵のような黄色で大胆に彩ったガラス皿はそばサラダにうってつけらしい。
訪ねてみると、田中さんはまだ学生のような初々しさ。Tシャツの首に巻いたタオルがガラスづくりの過酷さを伝えてくる。灼熱の火で飴のようにとろけたガラスと対峙し、
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2008/08/21 08:02 |
信州・トマトとそばの旅──安曇野編
夏ならではの醍醐味はいろいろあるが、信州なら、トマトの丸かじりである。一口に信州といっても広大だが、トマトにピントをしぼったとき、わたしの頭は信州=松本平となる。さらさらのルビー色した液体がグラスの余白を満たしていくトマトジュース。そのままご飯にかけて食べたくなるような無垢なトマトケチャップ。どちらも松本生まれなのだ。
トマトは南米のアンデスが原産地だけに、アンデスそっくりの気候風土なら最高。近年、原産地農法を謳うトマトが目の玉が飛び出るお値段で売られているのをご存じの方もいるだろう。
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2008/08/07 07:37 |
若狭・三方五湖畔の向笠へ梅もぎ、梅仕事
若狭とはご縁が深い。小浜市の御食国大使(みけつくにたいし)という名の観光大使をしているし、さば街道の取材でも何度か訪ねた。それでわかったのは、若狭はかつて文明の最先端の地だったこと。日本海をはさんで大陸と至近なため、中世までは海外からのものの多くは最初に若狭に入ってきたのである。
また、若狭は御食国(みけつくに)と呼ばれるとおり、日本海の海の幸と里の恵みに恵まれた地域で、昔からおいしい食べものを都の寺社や貴族のもとへ運んでいた。当然、寺社や貴族のもつ荘園も多かった。わたしの姓とまったく
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2008/07/17 08:27 |
軽井沢追分宿・中山道69次資料館で憩う
鉄道の起点は東京駅だが、道路の起点は日本橋で、橋の中央に日本国道路元標が埋め込まれている。
わたしはその日本橋の町の一角の育ちで、仕事がら取材旅行がとても多い。当然、鉄道にも道路にもずいぶんお世話になっているわけだが、日本橋起点の街道には決してくわしくない。
江戸時代に整備された五街道は東海道、中山道、甲州街道、奥州街道、日光街道で、軽井沢の友人たちと食探訪をはじめてからは、中山道との縁が深くなっている。
中山道は日本橋から板橋を経て、埼玉県から長野県南部を通り、諏訪から木曽、
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2008/07/03 08:12 |
信州望月の職人館で食養そば料理を味わう
大きな駅から離れ、高速のインターから遠ざかるにつれ、もともとの日本の風景が顔をのぞかせはじめる。長野県佐久市春日(旧北佐久郡望月町春日)もそんな“ふるさと”のひとつ。ざっといえば、浅間山と蓼科山の真ん中あたりの八ヶ岳北麓に位置し、中山道の名残りを伝える望月宿や茂田井宿の南にある隠れ里である。
このあたりは、なだらかな里山に囲まれた1〜2キロ四方ほどの小さな盆地で、田んぼのなかに集落のかたまりが点在している。そんななんでもない風景を、それも初めて見たのになつかしく思えるようだったら、あなたの
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2008/06/19 08:04 |
王道フレンチと農家料理でまほろばの味を満喫
大和郡山という地名から連想するものはいろいろ。まずは金魚が有名だけど、わたしは食べものばかり思い出す。町名からして豆腐町、魚町、雑穀町、茶町といったおいしそうな名前がずらりと並んでいるためだ。これらは豊臣秀吉の弟・秀長がつくった業種別町割り制度の名残りだという。
このうちの豆腐町には、全国の安心安全な食品を揃えている「良い食品處さとなか」という一徹な店があり、そこで聞きこんだのが「ル・ベンケイ」という店名。フランスの三つ星に負けない味で、オーナーシェフは奈良のスローフード運動のリーダーらし
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2008/06/05 07:56 |
奈良スローフード旅は大和肉鶏の釜飯から
「倭は国のまほろば」とはよく聞くが、21世紀には「奈良はまほろばの食の郷」という最新もじりフレーズが生まれている。神社仏閣ばかりと思われがちだが、奈良は食においても宝庫なのである。
実際、食にフォーカスしてみると、たしかに奈良は日本のスローフードの元祖の都である。わたしがそれを最初に実感したのは、西の京にある奈良パークホテルに泊まったとき。「天平の宴」を再現したという1300年前のメニューは目新しいばかりでなく、もう一度食べたくなる料理ばかりだった。
雅楽が奏でられ、灯明のあかりが照らす
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2008/05/22 08:10 |
棚田の里・新潟県高根へ味噌仕込みの旅
こめみそしょうゆアカデミー、略して「こみしょう」という活動をしている。米、味噌、醤油という伝統食材を手がかりに、日本の食を再確認しようという集まりで、生産者を招いてお話を聞くほか、自分たちで現地へ出かけてマチとムラの交流を実践している。これを「おでかけこみしょう」と称する。連載の越前冬の旅で紹介した福井の永平寺参禅体験や、坂井市の竹田の里で郷土料理を教わったのもそのツアーのひとつ。
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2008/05/08 07:45 |
都城の梅農家で農園めしを楽しむ
梅酒の炭酸割りがおいしい季節になった。梅酒ブームのおかげで、日本酒やみりんの蔵元まで梅酒戦線に参入しているので、うちにも何種類かあるし、自家製もちゃんとつくっている。梅の色と手触りで初夏を実感したくて自家製を仕込むのだけど、結局は飲みきれずに、さまざまな梅酒がたまってしまうのだ。
今夜はどの梅酒にしようかと思案すると、最終的には都城のびんに手がのびる。宮崎県都城の梅を都城の焼酎で漬けたもので、こっくりと深みのある味と、杏仁豆腐にも似た爽やかな香りが、わたし好みなのだ。おおげさでなく、一口飲
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2008/04/17 07:47 |
陸前高田・醤油蔵元のまかない昼めしは家産家消の味
わかめをよく食べる地域にはお達者な人が多い。わたしたちがいつも目にするわかめは、塩蔵物や乾物なのでどうしても地味めで印象がやや薄い。でも実際には、わかめは、ヨード、ミネラル、食物繊維が豊富だし、アルギン酸やフコイダンといったぬめり成分には血液をさらさらさせる効果があるという。つまり、すばらしい健康食品なのだ。
なお、わかめもご多分にもれず、天然ものは希少になり、そのぶん養殖技術が進み、それなりに良質なものがとれる。
また、わかめは漢字では若布とか若芽と書くが、わたしとしては、効果のほう
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2008/04/03 07:52 |
奥久慈の凍みもの紀行──大子の凍みもち
凍みこんにゃくのきんぴら、白和え、煮しめ……。凍みこん尽くし献立をごちそうになったあと、元の姿を反芻してみようと、わたしはこんにゃく干し場へ戻った。先ほどと同じ形のまま板こんにゃくの薄切りが敷きつめられている。天日と北風で凍結乾燥させているのである。風が出てきたのか、目の前の白い世界が小さくかさこそと音を立てていた。だいぶ乾いてきたのだろう。
すぐに邪念のおきるのがわたしの困ったところ。今度はそば屋に行きたくなった。奥久慈は「常陸秋そば」と呼ばれるそば産地でもある。常陸秋そばとは、旧金砂郷
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2008/03/20 07:51 |
奥久慈の凍みもの紀行──大子の凍みこんにゃく
こんにゃくは「砂払い」といわれるように、お腹の掃除に活躍する。グルコマンナンという体内で消化しない多糖類のおかげであり、繊維質と同様な効能で便秘に効くし、ノンカロリーのためダイエット効果もある。
こんにゃくはインドシナ半島原産といわれ、日本へは古くから伝わっていたが、栽培されるようになったのは江戸時代初期かららしい。元来は生のこんにゃく芋をすりおろして固める製法だったが、芋が製粉されるようになってからは生産量が飛躍的に増えた。
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2008/03/06 07:56 |
加賀の真鴨を治部鍋で──大聖寺・片野の鴨池の坂網猟
下町歩きの腹ごしらえといえば、そば、うなぎ、すし、どじょうがおなじみだが、隠れた美味なら、合鴨(アイガモ)。わたしのひいきは両国橋のたもと近くの東日本橋にある鳥安。合鴨とねぎをオイル焼きにしただけの料理だが、皮から溶けでた脂で濃い紅色の肉がじゅわじゅわっと焼けるさまは、思い出すだけでよだれがこみあげてくる。
最近、鴨料理がちょっと気になっている。合鴨水稲同時作(合鴨農法)を広めた福岡県桂川町の古野隆雄さんと対談したとき、各地の鴨料理についてあらためて興味がわきあがってきたのだ。
古野さ
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2008/02/07 08:37 |
比叡山から彦根の近江牛すき焼きで精進落とし
比叡山延暦寺に行ってきた。その前には戸隠神社や諏訪大社へ詣でたし、永平寺に参籠したのもつい最近のこと。大物クラスの神社仏閣だけでなく、わたしは社寺を見つけたら、必ずお参りする主義である。境内にただよう清潔感と緊張感が大好きなのだ。寺も神社も、元来そういうパワーがある土地に建てられるわけだし、現実としても、境内の鬱蒼とした木立がマイナスイオンを放ち心身を浄化してくれる。
延暦寺は空海のライバルだった最澄が1200年前に開いた古刹で、京都市街の北東の比叡山の上にある。また琵琶湖西岸からは、大津
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2008/01/10 06:30 |
大津・月心寺庵主さんの精進料理
月心寺の庵主さんがつくるごま豆腐がずっと気になっていた。かの「吉兆」創業者で日本料理を世界に知らしめた故湯木貞一さんがお墨付きを与えた味ということ以上に(湯木さん存命の頃の吉兆は、味、品格、しつらえすべて完璧だった……)、店主が庵主さんからおそわったという店のごま豆腐に「さすがほんまもんの味」とうなった経験ゆえである。そして、それ以来ずっと、師匠の村瀬明道尼のごま豆腐を食べる日を夢見ていたのだ。
ほんまもんの味とは、文字通りの意味で、明道尼はNHK朝の連続ドラマ『ほんまもん』のヒロインの
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2007/12/20 08:35 |
越前冬の旅──永平寺から丸岡町竹田の里へ
永平寺では夕食を薬石(やくせき)、朝食を小食、昼食を中食と呼ぶ。これらすべての食事に五観の偈(げ)がセットになっている。その日も薬石に座ったわれわれ参籠体験者に、引率の僧が「箸袋の裏に書かれた五つを読み上げましょう」と、言った。
来た来た、五観の偈(げ)だ。一座に緊張が走る。と、お坊さんが「せいの!」と音頭をとるはずもないが、そのような雰囲気のもと、みんなで粛々と読み進めたのは次のようなこと。
一には功の多少を計り、彼の来所を量る。二には……、三には……、四にはまさに良薬を事とするは
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2007/12/06 08:04 |
越前冬の旅──永平寺に泊まり、味わう
東京・西麻布に曹洞宗大本山永平寺の別院・長谷寺(ちょうこくじ)があり、都心とは思えない静寂さのなかで僧侶たちが修行している。
住職に話をうかがうと、曹洞宗では開祖・道元が『典座教訓』という本で「勉強のさまたげになるかのように思える日々の食事づくりこそが座禅や読経にひけをとらない立派な修行」と説いているそうだ。
禅と食事づくりの関係を、わたしは臨済宗の禅道場で実感したことがあるので、今度は曹洞宗の食事を体験したいと願っているのである。
曹洞宗は臨済宗より戒律が厳しいといわれる。それだ
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2007/11/15 07:38 |
信州おやき旅――小川村、生坂村編
次は西山地区。長野市西部の山間部に位置するための総称で、具体的には中条村、小川村、信州新町などを指す。土地の大半が急な傾斜地のため、米づくりはむずかしく、麦、豆、そばなどの産地になっている。そのおかげで粉食の文化が発達し、とくに囲炉裏で焼くおやきは日常食であった。
このおやきに着目し、小川村の前村長が地産地消の目玉にした。村に縄文遺跡があることから「縄文おやき」と名付けたり、復元した竪穴式住居の囲炉裏で伝統おやきづくりを体験できる第三セクターの会社をつくって大成功したのである。
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2007/11/01 06:38 |
信州おやき旅──善光寺編
この3〜4年、「米ぢから」という言い方で、米料理や米菓子の再発見について書いている。でも、不思議なことに“米もの”にはまればはまるほど、“小麦もの”のうどんやほうとうにも興味が深まっていく。米を陽とするなら、小麦は陰の関係で、どちらか一方だけに肩入れしても日本の食はわからないのだ。
歴史的にいうと、この国は米を税金の基準にして以来、あらゆる地面を田んぼとして開発してきた。だが、米の品種改良がすすんだ現代では想像もつかないけど、ふた昔前まではどんなにがんばっても米がつくれない地域があった。季
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2007/10/17 20:46 |
北前船ゆかりの味──松前、江差紀行 その3
北前船は音楽も運んだ。江差追分である。しかし、ルーツは中山道の信州・追分宿あたりの馬方の歌だったらしい。それを北前船が江差に伝え、「かもめの鳴く音に ふと目をさまし あれが蝦夷地の 山かいな……」の名調子が生まれた。
それがさらに加賀の山中温泉にUターンした。名物の山中節である。客との別れを湯女がせつせつと歌ったもので、もともとは温泉に来た北前船の船頭たちがおしえた江差追分──その山中バージョンといったところのようだ。山中は山の中だが、日本海にも近い。いかにもうなずける話ではないか。
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2007/10/03 21:35 |
北前船ゆかりの味──松前、江差紀行 その2
俳句の歳時記には「松前渡る」と「松前帰る」という季語がある。前者は夏、後者は秋で、文字どおり夏に蝦夷地・松前へ出稼ぎに行き、秋になって戻ることをいう。秋に帰ってくるのは、是が非でもふるさとの祭りに参加するためだ。「渡る」も「帰る」もいままでは読み飛ばしていた季語だが、今夏の旅以来、急にリアリティが出てきた。松前・江差は現代でも足の便がわるく、往時の人々の思いを実感できたからである。
松前・江差間の約七十キロは、本数の少ない路線バスしか移動手段がない。なのに、わたしは乗り遅れてしまった。松前
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2007/09/19 07:02 |
北前船ゆかりの味──松前・江差紀行 その1
かつて、北海道の産物は松前、江差から出荷されていた。身欠きにしん、棒だら、昆布はその代表だ。
そのほかにも日本海側には北前船が運んだ昆布や魚の食文化が残っている。同じ文化が、山国の会津若松には日本海から舟で運ばれ、京都へは琵琶湖の水運を利用し、西回り航路ができてからは瀬戸内海経由で大阪までつながった。
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2007/09/04 21:01 |
うどんばかりが讃岐の食ではない
東京・新橋に「せとうち旬菜館」というアンテナショップがある。香川県、愛媛県の共同運営で、それぞれの特産品が並んでいるし、うどん、鯛飯など瀬戸内の味覚を直送したレストランもある。昼どきは行列ができるほどの人気だ。わたしが最近ここに何度も通ったのは、今夏の香川・高松の旅がとても刺激的だったからだ。その第一が、讃岐はうどんばかりではないという再発見。
確かに「せとうち旬菜館」の目玉メニューは自家製うどんだし、わたしも今までは高松空港から評判のうどん屋に直行するのが常だった。
また、うどんのだ
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2007/08/15 08:49 |
良い食品揃いのスーパーは知的胃袋のワンダーランド
わたしは旅に出ると必ず食品スーパーマーケットをのぞく。売り場に並んでいる魚や野菜からその土地の素顔が透けて見えるからだ。かつては朝市がその役をつとめていたが、観光ズレした朝市ばかりの現代では、スーパーが肩代わりしている。
いまは全国津々浦々で宅配便がつかえるから、どさっと買い込んでも心配なし。クール便にすれば、自分の帰宅日や時刻に合わせて到着するから、現地の家庭とまったく同じレベルの新鮮味覚を楽しめる。
スーパーで購入するもう一つの利点は、空港や駅の土産物屋より2〜3割は安いこ
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2007/08/01 07:56 |
会津の初夏はにしんの山椒漬けで
「李(すもも)も桃も桃のうち」というのと同じく、山椒も胡椒もこしょうのうち。英語ではジャパニーズ・ペッパーといっている。新芽は「木の芽」とよばれる気の利いた薬味だし、「山椒は小粒でぴりりと辛い」という小さな実は、香りゆたかでひり辛い香辛料である。とくに実は、さみどりの清純な色とひりひりぴりぴりの辛味がとても爽快。中国には花椒(ホワジョワ)という山椒があるが、清涼感は国産のほうがまさると思う。
「木の芽」より少々大きめの若葉を主役にした名物料理がある。会津若松のにしんの山椒漬け。頭と中骨をとった
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2007/05/23 07:45 |
蜂蜜は誘う──ロイヤルハネーと銀座蜂蜜の巻
好物を一つだけ選ぶとなれば、蜂蜜だ。蜂蜜好きだったクレオパトラを真似してるわけではない。蜂蜜のすべてが魅力的なのである。
甘美な甘味だけでなく、栄養も申しぶんなし。主成分はブドウ糖と果糖で、消化吸収がよいから疲労回復に効き、抗酸化力でアンチエイジングにうってつけ。ビタミン、ミネラル、酵素もたっぷり。
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2007/05/09 08:31 |