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信州望月の職人館で食養そば料理を味わう
大きな駅から離れ、高速のインターから遠ざかるにつれ、もともとの日本の風景が顔をのぞかせはじめる。長野県佐久市春日(旧北佐久郡望月町春日)もそんな“ふるさと”のひとつ。ざっといえば、浅間山と蓼科山の真ん中あたりの八ヶ岳北麓に位置し、中山道の名残りを伝える望月宿や茂田井宿の南にある隠れ里である。
このあたりは、なだらかな里山に囲まれた1〜2キロ四方ほどの小さな盆地で、田んぼのなかに集落のかたまりが点在している。そんななんでもない風景を、それも初めて見たのになつかしく思えるようだったら、あなたの
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2008/06/19 08:04 |
王道フレンチと農家料理でまほろばの味を満喫
大和郡山という地名から連想するものはいろいろ。まずは金魚が有名だけど、わたしは食べものばかり思い出す。町名からして豆腐町、魚町、雑穀町、茶町といったおいしそうな名前がずらりと並んでいるためだ。これらは豊臣秀吉の弟・秀長がつくった業種別町割り制度の名残りだという。
このうちの豆腐町には、全国の安心安全な食品を揃えている「良い食品處さとなか」という一徹な店があり、そこで聞きこんだのが「ル・ベンケイ」という店名。フランスの三つ星に負けない味で、オーナーシェフは奈良のスローフード運動のリーダーらし
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2008/06/05 07:56 |
棚田の里・新潟県高根へ味噌仕込みの旅
こめみそしょうゆアカデミー、略して「こみしょう」という活動をしている。米、味噌、醤油という伝統食材を手がかりに、日本の食を再確認しようという集まりで、生産者を招いてお話を聞くほか、自分たちで現地へ出かけてマチとムラの交流を実践している。これを「おでかけこみしょう」と称する。連載の越前冬の旅で紹介した福井の永平寺参禅体験や、坂井市の竹田の里で郷土料理を教わったのもそのツアーのひとつ。
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2008/05/08 07:45 |
都城の梅農家で農園めしを楽しむ
梅酒の炭酸割りがおいしい季節になった。梅酒ブームのおかげで、日本酒やみりんの蔵元まで梅酒戦線に参入しているので、うちにも何種類かあるし、自家製もちゃんとつくっている。梅の色と手触りで初夏を実感したくて自家製を仕込むのだけど、結局は飲みきれずに、さまざまな梅酒がたまってしまうのだ。
今夜はどの梅酒にしようかと思案すると、最終的には都城のびんに手がのびる。宮崎県都城の梅を都城の焼酎で漬けたもので、こっくりと深みのある味と、杏仁豆腐にも似た爽やかな香りが、わたし好みなのだ。おおげさでなく、一口飲
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2008/04/17 07:47 |
奥久慈の凍みもの紀行──大子の凍みもち
凍みこんにゃくのきんぴら、白和え、煮しめ……。凍みこん尽くし献立をごちそうになったあと、元の姿を反芻してみようと、わたしはこんにゃく干し場へ戻った。先ほどと同じ形のまま板こんにゃくの薄切りが敷きつめられている。天日と北風で凍結乾燥させているのである。風が出てきたのか、目の前の白い世界が小さくかさこそと音を立てていた。だいぶ乾いてきたのだろう。
すぐに邪念のおきるのがわたしの困ったところ。今度はそば屋に行きたくなった。奥久慈は「常陸秋そば」と呼ばれるそば産地でもある。常陸秋そばとは、旧金砂郷
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2008/03/20 07:51 |
加賀の真鴨を治部鍋で──大聖寺名物・鴨の治部鍋
坂網猟で生け捕りにされた鴨の運命やいかにと、ベテラン猟師の浜坂加寿夫さんにうかがった。やっぱり、地元・大聖寺の鴨料理屋がいまかいまかと待ち構えていて、即買い上げということになるそうだ。片野鴨池に飛来するマガモは年々減ってきているから、猟師の腕の良し悪しにかかわらず収獲も減少気味である。それでいてマガモを食べたい人間は増える一方だから、獲物は引っ張りだこなのだ。
なお、大聖寺の鴨猟師はふだんの生計の道は別にもっている。猟の解禁期間中だけ、夕方になると片野鴨池を見下ろすポイントまで山道を登り、
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2008/02/21 08:22 |
比叡山から彦根の近江牛すき焼きで精進落とし
比叡山延暦寺に行ってきた。その前には戸隠神社や諏訪大社へ詣でたし、永平寺に参籠したのもつい最近のこと。大物クラスの神社仏閣だけでなく、わたしは社寺を見つけたら、必ずお参りする主義である。境内にただよう清潔感と緊張感が大好きなのだ。寺も神社も、元来そういうパワーがある土地に建てられるわけだし、現実としても、境内の鬱蒼とした木立がマイナスイオンを放ち心身を浄化してくれる。
延暦寺は空海のライバルだった最澄が1200年前に開いた古刹で、京都市街の北東の比叡山の上にある。また琵琶湖西岸からは、大津
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2008/01/10 06:30 |
信州おやき旅――小川村、生坂村編
次は西山地区。長野市西部の山間部に位置するための総称で、具体的には中条村、小川村、信州新町などを指す。土地の大半が急な傾斜地のため、米づくりはむずかしく、麦、豆、そばなどの産地になっている。そのおかげで粉食の文化が発達し、とくに囲炉裏で焼くおやきは日常食であった。
このおやきに着目し、小川村の前村長が地産地消の目玉にした。村に縄文遺跡があることから「縄文おやき」と名付けたり、復元した竪穴式住居の囲炉裏で伝統おやきづくりを体験できる第三セクターの会社をつくって大成功したのである。
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2007/11/01 06:38 |
信州おやき旅──善光寺編
この3〜4年、「米ぢから」という言い方で、米料理や米菓子の再発見について書いている。でも、不思議なことに“米もの”にはまればはまるほど、“小麦もの”のうどんやほうとうにも興味が深まっていく。米を陽とするなら、小麦は陰の関係で、どちらか一方だけに肩入れしても日本の食はわからないのだ。
歴史的にいうと、この国は米を税金の基準にして以来、あらゆる地面を田んぼとして開発してきた。だが、米の品種改良がすすんだ現代では想像もつかないけど、ふた昔前まではどんなにがんばっても米がつくれない地域があった。季
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2007/10/17 20:46 |
北前船ゆかりの味──松前、江差紀行 その3
北前船は音楽も運んだ。江差追分である。しかし、ルーツは中山道の信州・追分宿あたりの馬方の歌だったらしい。それを北前船が江差に伝え、「かもめの鳴く音に ふと目をさまし あれが蝦夷地の 山かいな……」の名調子が生まれた。
それがさらに加賀の山中温泉にUターンした。名物の山中節である。客との別れを湯女がせつせつと歌ったもので、もともとは温泉に来た北前船の船頭たちがおしえた江差追分──その山中バージョンといったところのようだ。山中は山の中だが、日本海にも近い。いかにもうなずける話ではないか。
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2007/10/03 21:35 |
北前船ゆかりの味──松前、江差紀行 その2
俳句の歳時記には「松前渡る」と「松前帰る」という季語がある。前者は夏、後者は秋で、文字どおり夏に蝦夷地・松前へ出稼ぎに行き、秋になって戻ることをいう。秋に帰ってくるのは、是が非でもふるさとの祭りに参加するためだ。「渡る」も「帰る」もいままでは読み飛ばしていた季語だが、今夏の旅以来、急にリアリティが出てきた。松前・江差は現代でも足の便がわるく、往時の人々の思いを実感できたからである。
松前・江差間の約七十キロは、本数の少ない路線バスしか移動手段がない。なのに、わたしは乗り遅れてしまった。松前
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2007/09/19 07:02 |
北前船ゆかりの味──松前・江差紀行 その1
かつて、北海道の産物は松前、江差から出荷されていた。身欠きにしん、棒だら、昆布はその代表だ。
そのほかにも日本海側には北前船が運んだ昆布や魚の食文化が残っている。同じ文化が、山国の会津若松には日本海から舟で運ばれ、京都へは琵琶湖の水運を利用し、西回り航路ができてからは瀬戸内海経由で大阪までつながった。
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2007/09/04 21:01 |
うどんばかりが讃岐の食ではない
東京・新橋に「せとうち旬菜館」というアンテナショップがある。香川県、愛媛県の共同運営で、それぞれの特産品が並んでいるし、うどん、鯛飯など瀬戸内の味覚を直送したレストランもある。昼どきは行列ができるほどの人気だ。わたしが最近ここに何度も通ったのは、今夏の香川・高松の旅がとても刺激的だったからだ。その第一が、讃岐はうどんばかりではないという再発見。
確かに「せとうち旬菜館」の目玉メニューは自家製うどんだし、わたしも今までは高松空港から評判のうどん屋に直行するのが常だった。
また、うどんのだ
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2007/08/15 08:49 |
特別編4インド2 機内食のベジメニューにインドの食...
バンガロールの土を踏んだとたん、インド在住四半世紀の順子ラピンドランさんから「ご案内する以上、五体無事で帰国してもらわなくてはね。だから、水道の水や屋台の食べ物は口にしないこと。ぜったいにね」と言われていた。
それで、ケララ州コーチンまではいい子にしていたのだが、わたしはもともと果物に目がないうえ、日中は気温が四十度を越すのだ。ライムや西瓜を山と積み上げ、注文すると目の前でぎゅっと絞ってくれる露店を見ると、喉が鳴ること鳴ること……。
順子さんからようやくオーケーが出たのは、宿泊
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2007/07/18 08:08 |
特別編3インド フィッシュヘッド・カレー〜インド・...
日本は梅雨の最中。なまぬるい水の中をあっぷあっぷ歩いているかのように蒸し暑い。インドのからりとした暑さが懐かしくなった。とはいえ、インドは五〜六月がいちばん暑い季節で、学校も夏休みである。そんなことも知らず、シンガポールでフィッシュヘッド・カレー、チキンライス、バクテー、ドリアンを堪能したわたしは、意気揚々とインドへ向かったのである。
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2007/07/04 08:08 |
特別編2 ンガポールの食:チキンライス、バクテー
前回、シンガポールは華僑がつくった国だと書いたが、さらにいえば、イギリスがレールを敷いたあとに、華僑やインド人の印僑が全速力で走っているという国である。
たとえば、シンガポール川河口にあるラッフルズホテル。イギリスの東印度会社が東西貿易の中継地として総督府を置いたことでつくられたコロニアル様式のホテルである。120年は経っているが、椰子の木に囲まれた白亜の建物は往時のまま変わらない。
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2007/06/20 08:09 |
特別編 インド、中国の食文化が育んだシンガポールの...
シンガポールではフィッシュヘッド・カレーが名物という情報が入った。当然、魚の頭を煮込んだカレーである。わたしは、魚屋で真っ先にあらをさがすタイプで、鯛の兜煮をはじめ、魚の頭とあらの料理には目がない。あら、そうなんです!……でも、まだカレーは試したことがない……。
さて。久しぶりのシンガポール空港には、食べ歩き大好きのカップルが待っていてくれた。同行のミサコ先輩の知人で日本企業駐在員Rさんと、公認会計士のS嬢である。
2人に案内されてインド人街のリトル・インディアへ。冷房のきいた車を降
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2007/06/06 01:01 |