阿蘇の隠れ里へ地熱利用の焼き米を求めてB―岳の湯から地蔵原へ
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作成日時 : 2008/10/02 07:29
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温泉蒸気が大地から噴き出している隠れ里──岳の湯で、地獄蒸しという恐ろしげだが、じつはおいしくてミネラル分豊富な朝ごはんにすっかり満腹してしまった。でも、わたしはすぐに腰を上げ、山口さんの工房へ戻ることにした。焼き米の製造現場を早く見たかったからである。
途中、白い長袖シャツにグレーのズボン姿のお年寄りとすれちがった。牛を草原に放し、夕方に連れ帰るまでのあいだ、家に戻ってきたといった感じである。
その人は、深々とお辞儀をした。初対面のわたし、まったく他所者のわたしに向かって、である。上体を四十五度に折り曲げての礼に、わたしはどぎまぎしてしまった。
こちらもできるだけ深く礼を返す。目を合わせると、その人は微笑み、静かに歩き去った。「どこから来たの」とか「どの家に来たの」とか、普通は尋ねてくるはずなのに、淡々としている。「この岳の湯の人たちは誰にも礼儀正しくて、おだやか。温泉蒸気を浴びているからでしょうね」という山口さんの実感は、本当らしい。
岳の湯(岳湯温泉と表記されることもある)は、隣の集落の垓の湯(ハゲノ湯温泉とも)とともに阿蘇九重(くじゅう)国立公園の北部にある。集落のどこからも望めるのは、豊後富士こと涌蓋山(わいたさん)。25000年前に生まれた標高1500メートルの円錐形の山で、大分県玖珠郡九重町(ここのえまち)と熊本県阿蘇郡小国町(おぐにまち)にまたがっており、岳の湯・垓の湯は熊本の小国町に属する。
小国町や南小国町には、人気の黒川温泉をはじめ温泉が目白押しだけど、大分側にも壁湯温泉、川底温泉などの九重九湯が連なっていて、ちっとも負けていない。九州電力の地熱発電所もあるくらいだ。つまり、このエリアは日本有数の地熱ゾーンなのである。
説明が遅くなったが、山口さんは、岳の湯のほか、大分側の九重町地蔵原(じぞうばる)にも工房をもち、地熱食品をつくっている。レパートリーは、棚田の古代米を用いた発芽玄米と餅、しいたけや大根が原料の植物性だし材料、梅のコンフィチュールなどである。
わたしのお目当ての焼き米は岳の湯で製造されていた。集落の近くの熱田神社に湧く20℃という低温の温泉が、玄米を発芽させるのには好都合らしい。
山口さんと一緒に、近所の女性たちがやって来て、作業が始まった。どなたも七十代とのことだが、玉の肌という形容がぴったりの素肌の持ち主。また、声が鈴のように凛としている。これが岳の湯ならではの温泉効果なのである。
焼き米づくりは、こんな具合だった。
@もみ殻付き玄米を低温泉水につけ、発芽させる。
A回転式の釜に米を入れ、表面を焼いて、もみ殻と表皮を取る。
B米がやわらかいうちにローラーにかけて、平らに押しつぶす。
C冷めたら、米を釜に入れて、香ばしくなるまで焼いて冷ます。
D風圧で表皮などをきれいにして、よく冷ます。
E米を平ざるに入れ、地熱があたる場所に置いて、乾燥させる。
さて、棚の上にのせておいた米のざるがいいあんばいに乾いてきたようだ。
山口さんは、自分で味見したあと、わたしの掌へひとつまみ載せてくれた。口に入れると、唾液が湧き出てきて、からからだった焼き米がたちまちしなしなとなり、香ばしさの上に甘味が加わった。山里の鄙びた保存食が、地熱と温泉という天然パワーを得て、またたくまに現代に生きる美味へと再生したのである。
昼食は、山口さんの手料理をごちそうになった。
またもや地獄蒸し尽くしだったが、舌が魅了されるものばかり。庭先には釜は二個あるから、同時進行で二種の料理があっという間にできあがる。
かぼちゃの丸ごと蒸しは、上部を切り取ってから、中身をすくってバターやめんつゆでいただく。じゃが芋、玉ねぎはどちらも皮ごと蒸して、塩や味噌で。枝豆は塩をまぶして釜にのせると、10分で地獄蒸しのできあがり。どの野菜も、この集落で無農薬で育てたものだし、温泉ミネラルがプラスされているせいか、濃くて甘くて、不思議なくらい味わい深い。
漬け物は、大根の醤油漬け。大根を縦割りにして地熱で乾燥させて、醤油、みりん、酢、昆布の漬け汁で味を含ませる。しなしなでいてしゃっきりした食感が爽快で、地熱でゆっくり炊いた玄米ご飯とは、まことにいい相性である。
デザートもちゃんと用意してあった。地獄蒸ししたあとに乾燥させた小豆に熱湯を注ぐと即席のあんこができるのだが、この小豆あんに甘味をつけてもちで包み、笹で巻いて蒸したのが笹まんじゅう。笹の香りに温泉の硫黄臭がかすかに加わり、鼻をくすぐる。
二皿目のデザートは、いちじくのコンフィチュール。いちじくを皮のまま鉢に並べ、砂糖をふって釜にのせるだけで、あっという間に完成。ワインをたらして蒸せば、さらにおいしくなるという。
これらのおいしさを引き立ててくれるのが、シメの豆麦珈琲。黒豆、大豆、小麦、はと麦を温泉地熱でゆっくり発芽させてから薪火で焙煎し、粉に挽いてドリップでいれたもの。いわゆる代替コーヒーではあるが、香ばしさとカフェインを含まないやさしい味はしみじみおいしく、またやさしい。
なお、地獄蒸しメニューは、プリン、茶碗蒸し、蒸し鶏など、このほかにもいろいろあるそうだ。蒸し料理は、油を使わないし、余分な調味料を使わないから、ヘルシーかつ素材のうまみを味わうには最高の調理法である。スチーム料理は、シェフや食品加工の専門家たちが、最近、再認識しはじめた調理テクニックでもある。まして、岳の湯の地獄蒸しには温泉効果まであるのだから、山口さんが寸暇を惜しんで駆けつける気持がよーくわかる。
午餐があまりに素敵だったので、もう一泊したくなったくらい体がくつろいでしまったが、大分県九重町地蔵原の工房にも足を伸ばすことにした。豆麦珈琲の焙煎機などはそちらへ置いているし、「子供たちを守る未来食」を目指す山口さんのさらなる秘密基地らしいのだ……。
といっても地蔵原へはあっという間だった。草を食む牛、洒落たパン屋、地元農家の野菜の直売所などを助手席の窓から眺めているうちに、景色は和風からフランスの田舎風に変わり、赤い屋根の高原ロッジが遠くに見えてきた。県境をまたぐだけでがらりと景観が変わるのが日本の田舎のおもしろいところだ。なお、ここからも涌蓋山が望め、周囲は湧き水もある原生林である。
山口さんの地熱食品のシンクタンクともいえる「食工房地蔵原」は、白壁に茅葺きのモダン民家で、外壁には稲をくわえた一羽のカラスが描かれている。都会では嫌われもののカラスも使いようでは役立つ存在になる──という山口さん流の主張なのだろうか。
豆麦珈琲の焙煎機は、鉄の薪ストーブのような形をしていた。鉄工所の友人の協力で完成した山口オリジナルだそうで、風で自然倒木した木材を4〜6時間かけて燃やし、豆と麦を黒焼きにして芳香を引き出す。主材料の黒豆は、孟宗竹を堆肥にした畑で有機栽培したもの。一杯めはコーヒー風に楽しみ、二杯めからは番茶のような感覚で何杯も飲めるのが山口さんの自慢だ。ノンカフェインなので、夜のお茶にもうってつけである。
星野村の山本源太など九州の陶芸家の茶碗や鉢が並ぶ台所。焼き米、りんごチップ、早炊き大豆、雑穀米、麦芽水飴などなど。脈絡なく、でもおいしい温泉地熱活用食品ばかりを、山口さんは次々に取り出してみせてくれた。食品はもちろん、山口さん自身の元気も温泉と温泉地熱食品に由来しているのである。(来週に続く)
焼き米の缶をバッグに秋澄めり
天高しリュックのむすびもうれしそう
千恵子
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