阿蘇の隠れ里へ地熱利用の焼き米を求めてA─岳の湯編2
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作成日時 : 2008/09/25 08:14
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九重町のある“豊の国”大分の別府温泉には、「地獄蒸し」と称する名物料理がある。湯気もうもうの温泉蒸気で魚、野菜、卵などを一気に蒸し上げ、観光客に提供するもの。地底エネルギーを活用する知恵は、エコやクリーンエネルギー源の見直しが叫ばれるずっと昔から日本人に備わっていたのだ。
だが、これを一人の人間が食品加工に活用し、しかも商品化を実現してしまうなんて……なんと大胆で、勇ましいこと。その人こそ、わたしを真夜中の道を湯気の湧き立つ阿蘇の隠れ里・岳の湯(たけのゆ)へ導いた山口怜子さん。福岡県久留米市の郊外・北野町にある山口酒造場の十代目夫人で、未亡人になった現在は食工房地蔵原社長にして、チーム・ヤマグチのリーダーである。
山口さんは、「梅栗植えてハワイヘいこう」のキャッチフレーズで有名になった大分県大山町(現日田市)の生まれ。父は当時の村長で、大分の一村一品運動の提唱者だった故・矢幡治美さん。筑後川上流の山里育ちの少女はやがて筑後川を下り、日本酒蔵元へ嫁いだ。嫁として、妻として、そして母として懸命な日々。だが、父譲りの豊かな発想力と周囲に農業者が多い環境、そしてマメで行動的な性格は、彼女を老舗の女将業だけにとどめてはおかなかった。
地元の農業高校に化学肥料を用いない酒米づくりを依頼したのがきっかけで、本物食品に目覚めると、これはという農家に黒米や赤米を契約栽培してもらった。もちろん、台所をあずかる嫁、妻、母として、また買ってくれお客のためにも、無農薬であることが農家への第一条件だった。
食の活動のかたわら、家に眠っていた古布に美を感じた山口さんは、独学でパッチワークを始め、やがて世界的に知られる作家になった。野山の情景や暮らし回りをモチーフにし、人間を讃歌し、生きる喜びを再認識させる作品群は、誰もをファンにしてしまうのだ。
こんな山口さんの元にはさまざまな相談ごとが持ち込まれた。
阿蘇の地熱はすばらしい有効資源なのにただ眠っているだけ。なんとかできないだろうか──という話もその一つ。ぴーんと来た山口さんは、ただちに現地へ向かい、地熱が蒸気となって噴出している地域を歩き回り、民泊して、人々がふだん食べているものを試食した。そして、食材は温泉の蒸気をあてるだけで、そのままおいしい食べ物になることを発見した。
公的機関の分析試験結果は、予想どおりだった。お目当ての岳の湯と、隣接するはげの湯の泉質は食用に有害なものは一切含まないどころか、細菌感染に抵抗力の強い硫黄分など有効なものばかり。身体の代謝をすすめ、脳の機能をととのえるなどの効果もあるらしい。もちろん美白効果もある。たしかに、この地域の人々は女性は肌が白くて艶があり、男女を問わず、温和で礼儀正しい。
深夜、岳の湯に着いたわたしは、温泉に入りながら、彼女の温泉地熱食品ストーリーを反芻した。山口さんは、二十戸ほどの小さな集落の真ん中に土地を借り、地熱蒸しや地熱乾燥を行う作業室と、寝泊まりする部屋、バストイレだけの木造ロフトを建て、久留米から毎週通ってきては、地元の方と一緒に食品加工を行っているのだ。
そんなハードな生活も、「ここの温泉につかると、ぴんぴんしちゃう」し、洗い場の床も地熱であったまっているから、そのまま寝ころがって岩盤浴できるらしい。
それは本当だった。湯の花が浮かぶインクブルーの湯と、心地よい岩盤浴で蓄積疲労を癒したせいか、よく眠れて翌朝はすっきり。時間により湯の色が変わるという話どおり、朝湯は昨夜と違ってピンクの湯に見えたが、これは桃源郷に入った気分のわたしの幻覚だったのだろうか。
と、「ごはんですよ」という山口さんの声。隣家へ急ぐ。わたしに部屋を貸したため、山口さんはチーム・ヤマグチの一員でもあるスタッフの家に泊まったのだ。また、工房に泊まるときも、食事はそこのお宅で一緒にとるそうで、つまり集落の人々とは親戚づきあいなのである。
その朝の献立は、なすの地獄蒸しに生姜汁をかけたもの、玉ねぎを地獄蒸しにして酢味噌をかけたもの、温泉蒸気の出るところだけに育つ黒っぽい青菜の黒菜を塩漬けにしたもの、地獄蒸しの玉ねぎとなす入り豆腐の味噌汁、温泉卵、地熱で炊いたご飯。
直径80センチほどの膝上高さのかまどが軒先に設けられていて、そこにざるをのせた野菜や卵を置き、ふたをしておけば、たちまち蒸し上がるのだ。調理時間は長年の経験でわかるらしい。光熱費ゼロであり、省エネになり、環境にやさしい調理道具である。
味はというと、なすは口の中でとろけ、果物のように甘い。玉ねぎも同様で、一個がするりと胃におさまってしまう。ちょっとインパクトのある黒菜が、マイルド味が多い献立を引き締めていて、ご飯とよく合う。この黒菜、もともとは高菜のような葉菜らしいが、温泉成分のせいで、色だけでなく、ミネラル分も濃くなっているらしい。
これらの地味食材を食べ、温泉蒸気がそこかしこで吹き上がっている土地で暮らし、朝夕温泉につかっているのだから、人々はつやつや肌になるし、素直な心根でいられるのであろう。
秋なすのちりめん皺や地獄蒸し
千恵子
(次回へ続く)
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