ごはんの旅人・向笠千恵子の一食一会

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信州・トマトとそばの旅──安曇野編

<<   作成日時 : 2008/08/07 07:37   >>

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 夏ならではの醍醐味はいろいろあるが、信州なら、トマトの丸かじりである。一口に信州といっても広大だが、トマトにピントをしぼったとき、わたしの頭は信州=松本平となる。さらさらのルビー色した液体がグラスの余白を満たしていくトマトジュース。そのままご飯にかけて食べたくなるような無垢なトマトケチャップ。どちらも松本生まれなのだ。
 トマトは南米のアンデスが原産地だけに、アンデスそっくりの気候風土なら最高。近年、原産地農法を謳うトマトが目の玉が飛び出るお値段で売られているのをご存じの方もいるだろう。その点、北アルプスや美ヶ原に囲まれた松本平は、朝晩の温度差が顕著で、日照時間が長く、雨が少ないなど、都合のいいことづくめ。際立った温度差が優良トマトの目安となる赤い天然色素・リコピンを育むのである。

 こんな立地をよりどころにトマト製品をつくっているのがナガノトマト。長野県経済連傘下の一工場が得意のトマト加工を看板にして、昭和32年(1957)に独立した会社である。地元農家にトマトを契約栽培してもらい、加工と販売を一手に引き受けたのだ。地産地消をその時代から実践してきたのだからすばらしい。2年後には日本初の無着色トマトケチャップを発売。もちろん、他の添加物も一切なし。トマト農家が自家用につくるレシピを大がかりにしたような製造法なのである。
 ナガノトマトと社名変更した現在もコンセプトは創業当初の「原料育種から加工技術まで一貫して本物にこだわる」のままなのだから、なかなかできることではない。一徹な信州人気質がトマトに凝ったような会社に思える。
 わたしは毎年5月に清里・清泉寮で開催される「良い食品博覧会」で、ナガノトマトが「トマトの学校」という名の消費者交流スペースを設けているのをこの5年間、観察してきた。とくに今年は特設ステージで井垣孝夫常務と対談し、トマト一筋の半生を語ってもらったので、今まで以上にこの会社に関心と親近感をもった。それもあって、この夏はどうしても安曇野へ出かけ、ジュースやケチャップの原料トマトを自分の手で収穫したくなってしまったのだ。
 その気持を高めたのがもう一つ。それは、自宅マンションのミニトマトですら摘んだあとは、太陽を煮つめたかのようなトマト香が手に残るのだから、まっ赤に熟れた完熟だけを収穫するナガノトマトのそれときたら、きっとくらくらしてしまうはず。ましてその場でがぶりとやったら、信州の夏が口の中に溢れるだろう……と、想像した瞬間、安曇野行きを決めたのである。
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 さらに、わたしは目的があった。それは松本市南部のJR篠ノ井線村井駅近くの本社工場内にあるナガノトマトの旧社屋を見ること。写真では松本城近くの重文・旧開智学校を彷彿させる明治の木造校舎のようで、そのたたずまいが純正で本物のおいしさに富んだこの会社のトマト製品のイメージにぴったり。家は住人の人格なりという言葉があるが、これは食品メーカーにもいえるだろう。
 でも訪ねてみると、惜しいことにはこの建物、維持管理の限界で今秋にもお陀仏の予定とか。そう語る井垣さんも曇り顔。ようやく晴れ晴れした表情を見せたのは、松本北西の安曇野へ移動し、トマト畑に立ったときだった。

 ジュースやケチャップにするトマトは無支柱栽培といい、桃太郎に代表される生食トマトのように支柱を立てて育てることはしない。そのため、北アルプスや美ヶ原高原を望む安曇野のトマト畑は濃い緑の葉が四方八方にのびのび伸びていて、トマトは葉陰ですくすくと成長していた。天を仰げば青い空と白い雲。足元はというと緑の葉の下で真紅のトマトが点々と。そして爽やかな風には土の匂いがひそんでいる。
ナガノトマトのトマトは、愛果(まなか)という愛称をもつ「NT-604」品種。自社で10年がかりで開発し、品種登録したそうだ。
「実が大きく、健康効果の高いリコピンに富み、甘味と酸味がグッドバランスで、のどごしがみずみずしく、果汁はクリアなレッドなんです」
 と、井垣さんは目尻を下げる。まるで愛娘のことを話す父親の風情。一本の苗から100〜150の実が採れる多産な品種でもある。メロンやすいかは一つを残すために摘果するが、こちらのトマトは自由主義なのだ。なんだかほっとする。

 そこでいざ、味見。でも、「それはまだダメ」「それも早い」等々、井垣パパは愛果こと愛するトマトの収穫タイミングを見分けるのにうるさく、愛娘の縁談をチェックする世の父親そっくり。ようやくお許しが出たトマトに手を伸ばし、へたを枝からはずすと、ころりといい感じに掌にのった。松本平の太陽がこの中に凝縮しているようだ。
「やりますか」と、井垣さん。「もちろんです」と、わたし。丸かじりしたその一瞬、アンデスの痩せた高地でけなげに実る原産地トマトに思いが飛んだのは、固い皮の下から表れたフレッシュな果肉が食べ慣れたトマトとは違う野性的な味だったため。それだからこそ、皮ごとしぼり、塩も入れずに詰めたこの会社の高原朝摘みトマトジュースは爽やかなおいしさなのである。
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 この日の昼食は安曇野の中心にある穂高町の上條に決めていた。土地っ子の店主はペンションオーナーから自然派写真にのめりこみ、その道で立てるようになると、建物を自身の個人写真美術館に改装し、食堂だったところはこれまた趣味からプロ並みになった手打ちそばを提供するスペースにした。つまり、好きになったことをすべて本職にしてしまえる希有な才能の持ち主。それでいてそれをひけらかさず、訪ねるたびに新たな展開を見せてくれるのが楽しい。
 手づくりこんにゃくの刺身は穂高特産わさびを醤油で。わさび葉のおひたしもツーンと辛みが立っている。わさびが根から葉まで総身辛味のきいた健康野菜であることを特産地の人は、ほんとによく知っている。そば米にとろろをかけた小鉢にもおろしわさびをつんもりあしらってある。ここ穂高町がある長野県はわさび収穫量が日本一のわさび王国なのである。
 まもなく、そばサラダが登場した。
 上條さんが「ソバデパスタ・ワサビ」と名付けた一皿で、八ヶ岳山麓産のそば粉を用いた手打ち二八そばをさっと茹でて、エクストラバージンオリーブ油と塩で調味し、おろしわさび、わさびの茎漬け、地元のプチトマト、県産のクリームチーズをのせてある。塩ばかりは日本海側の海辺でつくられたものだが、じつは松本は、日本海の塩が山路を越えて海のない信州まで運ばれてきた塩の道の終点で、塩にはとても思い入れの深い土地なのである。
 という具合に一見、シンプルに見えるが郷土愛いっぱいのそばパスタは、つるつる感のあとに、そばとわさびとチーズが渾然一体で、涼やかな香味が口中に広がった。東京ではきりきりしているわたしの顔も、このときばかりは、安曇野のあちらこちらに立つ道祖神のような笑みを浮かべていたはずだ。(この項つづく)

朝摘みのトマトジュースや夏休み
安曇野やトマト畑は万華鏡
     千恵子

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
松本は10年間、ススキメーソドの夏季学校に欠かさず、通った思い出の地。夏になれば思い出す、、路地トマトの味、三城、元木のそば、女鳥羽川沿いの天金のうなぎ、豆腐田楽、
小布施の栗おこわ、県の森近くのアイスキャンデー長野トマトのピーチジュースと参加するごとに
子供に食の楽しみが増えていきました。とても懐かしい松本なのですが、今年も暑いことでしょう。路地ものトマトを食べられることがすくなくなりましたね。ジュース用は支柱がない、実の重みにめげないトマトなのですね。
おばばになりました。
2008/08/08 15:58
何度か訪れた上条さんの蕎麦が私の舌の憶で呼んでいます。ダシ入り鍋の中に鶏や茸、菜などを竹籠のオタマでさっとゆがいた温かい蕎麦が忘れる事が出来ません、郷土料理なのかオリジナルなのか、懐かしい田舎料理のような気がします。
最近のトマトブームで色々な品種が出まわっていますが品種改良や作業効率、コストを考えて水耕栽培などの方法で化学的測定データだけで人間の味覚や栄養が満たされるわけではないと思います。太陽の恵みをイッパイうけ力強い大地で育った露地物は美味しいのに決まっています。(自然災害などへの事、愛情がなくては育ちません。)
信州は小さい頃からの憧れの地です、温暖化の影響でりんごの被害がしんぱいです。
Mr、ドラゴン
2008/08/09 12:48
Mr.ドラゴンさんへ。
当店の「おとうじそば」を召し上がっていただいたとのコメント拝見し、嬉しくなって、つい書き込みしてしまいました。
あの料理は大昔から信州の旧奈川村や旧開田村などで郷土料理として食べられていたものです。
どちらも上質のそばの産地として知られた地域。
信州の新そばが本格的に始まる10月以降の寒い季節に、その新そばで熱々のおとうじそばを食べるのが醍醐味で、私も大好物です。
ちょうどその頃から収穫が始まる辛味大根の絞り汁に信州味噌を溶き込んでつけつゆにする、「おしぼりそば」も同時期が旬のそばですが、これなんかは最も古い、そばの食べ方とも言われている、やはり信州の郷土料理です。
またいつの日かご縁がありましたら、是非、安曇野のそばを楽しみにお出掛け下さい。
信州は間もなく、そばの花の季節を迎えます。
光水
2008/08/09 22:23
 今トマトは収穫の最盛期を迎えています。トマト畑も真っ赤に熟したトマトがたくさん見られるようになりました。今年のトマトは、大変な暑さのおかげでとてもおいしく育ちました。甘味も強く、色も鮮やかな赤色の完熟トマトです。農家の方がひとつひとつ丁寧に取って頂き、工場でトマトジュースに加工しています。農家の方も、当社の指導員も、トマトを運ぶ運送会社の人も皆みんな真っ黒になってがんばっています。
 今年のトマトジュース「信州生まれのおいしいトマト」を是非飲んでみてください。
井垣
2008/08/11 13:37
来月、長野に行くのですが、トマトも蕎麦も大好きな私、ぜひ立ち寄ってみたいと思います。
トマトジュースも買えるといいな・・・
楽しみい♪
マーガレット
2008/10/01 20:57
マーガレットさまへ
トマトの赤からそばの花の白へと、信州の色は移っている頃。新そばを楽しみ、トマトジュースでビタミン補給してきてくださいね。
オリーブ
2008/10/01 23:36

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