王道フレンチと農家料理でまほろばの味を満喫
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作成日時 : 2008/06/05 07:56
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大和郡山という地名から連想するものはいろいろ。まずは金魚が有名だけど、わたしは食べものばかり思い出す。町名からして豆腐町、魚町、雑穀町、茶町といったおいしそうな名前がずらりと並んでいるためだ。これらは豊臣秀吉の弟・秀長がつくった業種別町割り制度の名残りだという。
このうちの豆腐町には、全国の安心安全な食品を揃えている「良い食品處さとなか」という一徹な店があり、そこで聞きこんだのが「ル・ベンケイ」という店名。フランスの三つ星に負けない味で、オーナーシェフは奈良のスローフード運動のリーダーらしい……。前回をお読みくださったならお気づきのとおり、そのシェフとはスローフード奈良代表・尾川欣司さんのこと。わたしはスローフードつながりで今回、運よく尾川さんにお会いできたわけである。急いで大仏さまにお礼を言上し、さっそく大和郡山へ向かった。
尾川さんの実家は地元の日本料理店。そのせいで、ヨーロッパのお城のような建物やビンテージワインがずらりと並ぶセラーが完備したフレンチ・レストランなのに、献立には不思議に和風の匂いがある。奥さまと二人三脚で創業三十三年を迎えた今に至るまでずっと創作洋風懐石のモットーは変えないままだそうで、わたしたち[スローフード江戸東京]一行のテーブルに並んだ料理も繊細にして華麗、そしてみごとに和洋の感覚が溶け合っていた。
コースの一皿めは「奈良大仏しいたけ」という楽しいネーミングの肉厚しいたけと生うにのグラタン。次は、十年物の天然帆立貝の自家製スモークとホワイトアスパラを取り合わせた温サラダ。三皿めは大和丸なすのフリット(フライ)がフォアグラソテーとともに登場。どの料理からも、尾川さんの大和野菜への思い入れが伝わってきた。
そして、国産完熟パパイアの冷製スープで喉をさわやかにととのえたあとは、香草風味の蝦夷あわびのハーブポワレ。自家農園製のほうれん草ソテーが添えてあり、地元のソメイヨシノからとれた蜂蜜のソースがとろりとかかっていた。メイン料理は大和牛ステーキごまソースで、デザートはアスカルビー(飛鳥ゆかりの奈良生まれの品種)という苺のパルフェシャンパンヌーベ添え。どちらも雅びでかろやか。尾川さんらしい味だ。
ひと皿ごとに料理と相性ぴたりのワインがあけられたので、全員が陶然としたまま、食後のコーヒーに至った。
と、尾川さんが色紙に揮毫を始めた。一枚ごとに絵を変えながらさらさら一筆書きしては、女性陣一人一人にプレゼントしてくださった。その多才な姿が、この日の午後、東大寺で話をうかがったおもろいお坊さんのそれと重なった。──中国仏教が奈良で開花したように、奈良のフレンチも尾川さんのキャラクターとスタイルをつうじてこの古都に浸透していくのであろう。
翌朝、奈良公園の国際奈良学セミナーハウスで目覚めると、ふだんより胃が爽快。大和野菜の効用だろうか。
食堂へ急いだのは、茶粥定食を頼んでいたからである。弘法大師が唐から伝え、日本茶の草分けとなった大和茶は奈良市周辺が産地。茶のふるさとだけに、飲用ばかりでなく茶粥が郷土食になっていて、最近は旅行者に向けても盛んに提供されている。
茶粥は番茶の煮出し汁で米を炊くのだが、この宿の粥は香ばしさがすばらしく、ぽってりと量感があって、喉を通るごとに豊かな滋味にいざなってくれる。おかげさまで、すっかり奈良気分になって興福寺の五重塔と阿修羅像をしみじみ拝み、さらに依水園まで足をのばした。
依水園(いすいえん)は明治時代を代表する庭として国の名勝指定を受けているが、わたしは初めて。敷地内に二つの庭があるいわばツイン庭園で、気に入ったのは東側の庭。池の向こうに東大寺南大門や若草山がみごとに望める。月が上がれば、遣唐使の阿部仲麻呂が望郷の心を詠んだ「天の原ふりさけ見れば春日なる御蓋(みかさ)の山に出でし月かも」そのままの世界。間違いなく奈良の穴場である。名月のころにまた来てみたいものだ。
昼食をとった「清澄の里・粟(あわ)」のある奈良市高樋町は田園地帯だが、やはり万葉集の雰囲気をただよわせていた。清澄は東大寺の荘園・清澄荘がおかれたところで、現代でも在来種野菜を大切に育てているという土地柄。
そこに引かれて移住してきたのは三浦雅之・陽子さん夫婦。ハネムーンで訪ねたネイティブ・アメリカンの暮らしに魅せられ、伝統野菜の保存・栽培をライフテーマに選んだ二人にとって、清澄(現・高樋町)はぴったりの落ち着き場所だった。予約制の農家レストラン「清澄の里・粟」を始めるとともに、NPO法人・清澄の村を立ち上げ、大和野菜や在来種野菜をなんと126種類も栽培している。その中には「エアルーム」と称される海外の伝統品種もあるくらいで、とにかくガッツのあるカップルなのだ。
奈良公園から車で三十分弱。高台にある二人のレストランに向かって歩きだすと、山羊小屋があり、お母さん山羊が草を食んでいた。その先には山小屋風のレストランがあって、三浦雅之さんが玄関で出迎えてくれた。
笑顔ときびきびした立ち居振る舞いからも、NPO法人を率いるリーダーシップぶりが透けてみえるし、奥さまがつくった料理の説明ぶりも爽やかで、おいしさが倍増する感じ。
そうめんかぼちゃの甘酢和え。高きびのパイ包み焼き。奈良五穀の寒天寄せ……。調理法とともに、素材のよさについて熱っぽく語れるのは、自分の手でつくっていればこそのこと。その説得力こそが農家レストランの持ち味であり強みであることを三浦さんはよくわかってもいた……。
食後、台湾からこの土地に渡来した烏幡(ウーハン)という里芋、掌の形をした仏掌芋、首の長いつる首かぼちゃなどの大和野菜あれこれについて三浦さんからレクチャーを受けるにつれ、わたしはどんどん清澄の村のサポーター気分になっていった。
青水無月茶粥で明ける奈良の朝
千恵子
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