奈良スローフード旅は大和肉鶏の釜飯から
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作成日時 : 2008/05/22 08:10
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「倭は国のまほろば」とはよく聞くが、21世紀には「奈良はまほろばの食の郷」という最新もじりフレーズが生まれている。神社仏閣ばかりと思われがちだが、奈良は食においても宝庫なのである。
実際、食にフォーカスしてみると、たしかに奈良は日本のスローフードの元祖の都である。わたしがそれを最初に実感したのは、西の京にある奈良パークホテルに泊まったとき。「天平の宴」を再現したという1300年前のメニューは目新しいばかりでなく、もう一度食べたくなる料理ばかりだった。
雅楽が奏でられ、灯明のあかりが照らす部屋で、須恵器とかわらけという古代のままの器でいただいたのは、鮎の醤(ひしお)煮、蘇(そ=チーズ)、楚割り(すわやり=鮫や鱒を短冊形に切って干したもの)、脯(ほじし=鳥や獣肉の干物)、黒米粥など20品。
材料は多彩だが、調味料は海水塩、酢(玄米酢か梅酢)、醤(醤油もろみを煮切り酒でのばしたもの。なお、日本の酒造りは大和が発祥とされる)ぐらいなので、どの献立も素材の味がストレートに生きているし、噛みしめるとうまみが口の中にじゅんじゅんあふれ出てくる。なのに、現代の奈良では、そうめん、茶粥、柿の葉ずししか知られていないのは、まことに不思議だ。
そのあと、五条方面へ出かけたときは行くところどこも柿が鈴なり。奈良県の柿生産量は全国第2位なのである。そのほかにも大和茶、地鶏の大和肉鶏、大和野菜などのおいしいものがあることがわかって、再訪を願っているうちに、すばらしい旅が実現した。わたしの所属するグループ[スローフード江戸東京]が、[スローフード奈良]との交流ツアーを計画したのである。奈良側のリーダーが尾川欣司さんと聞いたのもうれしい情報だった。
尾川さんは大和郡山のフレンチレストラン、ル・ベンケイのオーナーシェフである。レストランのすばらしさとともに、スローフードを根付かせようと奮闘していることは以前から知っていたし、今春からは自家農園で養蜂──それも西洋蜜蜂だけでなく在来種の日本蜜蜂の養蜂にもチャレンジしているらしい。
蜂情報を教えてくれたのは盛岡の養蜂家・藤原誠太さん(本連載の第1回を参照)。養蜂を通じて生態系や農薬について学び、同時においしくて安全な蜂蜜を自分で採取したいという尾川さんのために、藤原さんは奈良まで出張指導しているのである。
近鉄奈良駅で、東京からの一行と奈良側メンバーが顔合わせしたとき、[スローフード奈良]事務局長をつとめる料理研究家・白水智子さんが昼食会場の変更を発表し、助手役の山口せいこさんが資料を配りはじめた。県庁の食堂で大和肉鶏の親子丼をいただく予定が、若草山山麓の老舗旅館・むさし野の大和肉鶏の釜飯に変更なったのだ。どちらの鶏肉もおいしいけれど、せっかくだから雰囲気のよさもごちそうにしようと、女将に頼みこんでくれたらしい。
大和肉鶏は名古屋種、ニューハンプシャー種、シャモの3品種を交配した奈良県自慢の肉用種で、150日間もゆっくり育てるため、赤みを帯びた肉はうまみと弾力に富む。鶏すきをはじめ和洋どちらにも万能である。
旅館に向かうみちみち、尾川さんが郷土の逸品自慢を開陳してくれた。そのうんちく話から、わたしの長年の疑問であった、関西人が鶏肉を「かしわ」と呼ぶ理由がわかったのだ。
わたしの推測はこうだ。奈良は大正時代末から昭和の初めにかけて鶏の飼育が盛んで、京阪神に出荷していた。その際、鶏の羽根が茶褐色で柏の葉の色に似ていることから、奈良=大和の鶏は「大和かしわ」と呼ばれ、味が評判を呼ぶにつれて「かしわ」は鶏肉の異名となった……。ともあれ地鶏好きのわたしとしては、こんな歴史をもつ大和肉鶏をスローフード探訪の第一食めにセッティングしてくれた尾川さんたちに大感謝である。
むさし野は谷崎潤一郎や山岡鉄舟が定宿にした和風旅館で、奈良公園、春日大社に近いうえ、玄関の真向かいに若草山の丸みが眺められる。みなさんと一緒にはしゃいでいるところに、声をかけられた。以前、五条市の講演会でお世話になった県職員・角山美穂さんが農林部マーケティング課の食・特産品担当になっていて、東京からのわたしたちを待っていてくれたのである。
となれば、食事の前に奈良県の食をレクチャーしてもらおう。角山さんを質問ぜめにしてわかったのは──2010年の平城遷都1300年に向けて、奈良県は食の面でも郷土産品を掘り起こし、奈良ブランドをアピールしようとしていること。奈良のうまいものとして郷土料理13品、特産品8品、伝統野菜15品を認定したのはそのあらわれだし、尾川さんたち[スローフード奈良]への期待も大きいらしい。
待望の大和肉鶏の釜飯ランチは、筍とわかめがたっぷりの若竹汁とセットになっていた。木の芽が香るお椀で口を爽やかにしてから、釜飯をお茶碗によそう。釜飯の鶏肉は一口大というか、ずいぶん小さいのが普通だけれど、むさし野では二口大がごろごろ入っていて豪華絢爛といった感じ。にんじんやごぼうもたっぷりの具だくさんなのだが、鶏肉の大きさに押され気味である。これほど地鶏が目立っている料理なんて、秋田のきりたんぽぐらいしか思い出せない……。
さて、口へ運ぶと、これがまあうれしいお味。米粒の一粒一粒が鶏肉のうまみを吸い込んで、味がまあるくふくらんでいた。薄味気味の味つけも、鶏の持ち味を引き立てている。お米の満足感にひたっていると、わたしも食べてよ、といった風情で鶏肉が歯にあたってきた。
とまあ、こんな感じで、奈良スローフードの旅は始まった。(この項続く)
青しぐれ和讃の高き東大寺
千恵子
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