ごはんの旅人・向笠千恵子の一食一会

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陸前高田・醤油蔵元のまかない昼めしは家産家消の味

<<   作成日時 : 2008/04/03 07:52   >>

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 わかめをよく食べる地域にはお達者な人が多い。わたしたちがいつも目にするわかめは、塩蔵物や乾物なのでどうしても地味めで印象がやや薄い。でも実際には、わかめは、ヨード、ミネラル、食物繊維が豊富だし、アルギン酸やフコイダンといったぬめり成分には血液をさらさらさせる効果があるという。つまり、すばらしい健康食品なのだ。
 なお、わかめもご多分にもれず、天然ものは希少になり、そのぶん養殖技術が進み、それなりに良質なものがとれる。
 また、わかめは漢字では若布とか若芽と書くが、わたしとしては、効果のほうにポイントをおいて、「若め」にしたほうが楽しいと思う……。いかがだろうか、ご同輩のみなさんは。
 海藻としてのわかめは、秋に芽をだし、春に伸び、夏には枯れてしまう一年草である。だから、春先に産地を訪ねると、まだ冷たい海の中で元気に育ちはじめたとれたてのわかめを味わうことができる。
 葉、茎、根のどれもみずみずしくておいしいが、とびきりの歯応えは芽株とよばれる根の部分。肉厚のぷりぷりしたのを刻んで、さっと熱湯をかけ回すと、茶色の肌がさっと鮮やかなエメラルドグリーンに変わる。黒白画面がカラーになるのと同じぐらいの激変ぶりである。そして、磯の香りがぷーんと匂い立ってくる。
 当然、わかめの産地の人々はこの美味を熟知しているから、芽株のたたきを味噌汁にたっぷり流し込み、ご飯にかける。もちろん、舌鼓ものの美味である。また、ポン酢をつけてひたすらすすりこむのも、素朴派ながら、五体の細胞を喜ばせるテクニック。ほんとうに細胞がみるみる潤ってくるのだ。
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 芽株の味で思い出すのは、陸前高田にある八木澤商店の昼ごはん。東北新幹線一関駅から大船渡線に乗り換えて約二時間、気仙沼のひとつ先にあるのが陸前高田である。南三陸の静かな町で、ちょいと北の大船渡や、ちょいと南の気仙沼とともにリアスの海辺に面している。それでいて高田松原という白砂青松の海岸ももつ、うるわしくも不思議な景観の地である。
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 陸前高田は江戸時代は伊達藩領として賑わった。平安時代末期からの金の産地なので、その富が平泉の藤原氏と伊達家を支えてきたのである。
 また、日本三大大工の気仙大工を生んだ地域でもあり、彼らが各地で働いた報酬は最終的には故郷に蓄積された。黒潮と親潮が交差する海も豊かで、魚が豊富にとれたし、椿の北限でもあるくらいに東北としては温暖なので、作物の出来もいい。つまりは古くから豊かな土地だった。
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 そんな土地柄を象徴している一家がいる。醤油蔵元の八木澤商店で、当主・河野和義さんは八代目。伝統製法、安心志向、地産地消と、現代の消費者が望むものを兼ね備えている。造り酒屋から醤油屋に転進したので、古い土蔵造りの店舗や蔵は威風堂々。
 建物に負けず劣らず河野さんも風格たっぷりで、平たくいえば地域の大親分。祭やイベントは彼の指揮のもとで若い衆が動く。伊達藩直轄領だった時代の豪放磊落な郷土性をそのまま持った人なのだ。
 八木澤商店の看板商品は、古式てこ搾りという技法を用い、必要最低限の低温殺菌をした生揚醤油(きあげしょうゆ)。
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 杉桶で約二年間発酵させた醤油もろみを麻布で包んで何段にも重ね、その上から押しをかけて、自然に滴り出てくる雫でつくった醤油である。雑味がないからピュアで、エレガント。これで刺身やすしを食べたら、目が点になることうけあいのおいしさだ。
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 醤油づくりという地味で根気のいる仕事を一徹に続けていくには、社員が気持ちを一つにして働かねばならない。その大切さを河野さんはよくわかっているから、お昼ごはんは母屋の食堂でみんな揃って食べることにしている。おおむねは地元の旬の食材満載の献立。その食卓で、春になると必ず登場するのがわかめの芽株なのだ。
 料理番は社員の菅原洋子さん。もとは醤油の発送業務担当だったが、世話好きな点と料理上手を河野さんに見込まれて、いまはお勝手係専任。河野さんの両親や、営業担当重役の河野夫人の光枝さんも、昼は洋子さんの料理を食べるから、なんのかんので三十人分ぐらいを一人で作る。カレー、ハヤシ、マーボー豆腐も得意で、よく登場させるらしい。
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 早春の食卓を訪ねると──台所脇のコーナーが食堂で、使い込まれた木の大テーブルがずずんとおいてある。二十人は座れるので、少しずつ時間をずらして食べれば狭くはない。
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 その日の献立は、鶏の竜田揚げ、青菜のおひたし、豆腐の味噌汁、きゅうりの一本漬け。ご飯、味噌汁、漬け物は食べ放題。
 言い忘れていたが、八木澤商店は味噌もつくっているので、調味料はすべて自家製だし、鶏の下味つけや味噌汁にもしっかり活用されている。漬け物も無添加の味噌漬けや醤油漬けだから、いまどきの感覚でいえば贅沢きわまりない。
 漬け物に使う野菜のうちでも、きゅうりには特別こだわる。かぼちゃの苗木と接ぎ、肌がぴかぴかに育つタイプではなく、自根きゅうりという伝統品種。イボイボがたくさんあって、見た目は悪いが味は抜群である。それを社員総出で低農薬栽培し、どんと一本丸ごと醤油漬けにしたのが、本日の一本漬けなのである。芯まで染みた醤油の旨みが、昔ながらのきゅうりの瓜らしさとよく合って、ご飯がいくらでもすすんでしまう。
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 さて、洋子さんがどんぶり鉢を運んできた。のぞき込むと、ねばねばとろとろの海藻が。芽株とろろである。河野さんの大好物。わかめの芽株を包丁で細かく細かく叩いて、かつおだしと醤油と酒で味つけしてある。だしの熱で、芽株はすでに緑色に変わっているので、その色が褪せないうちにすすり込むとうまいそうだ。もう一品、芽株をごま油で炒めて醤油、刻みねぎ、削りがつおをかけたものも並んだ。どちらもご飯にかけるとうまい。
「要は、どっちもぶっかけ飯なんだけどね。これが三陸の春の味の象徴のようで、好きなんだよ」
 と、河野さん。奥さんも隣でにこにこ。醤油は自分の蔵のものだし、隠し味の酒も実弟が役員を務める地元酒蔵の製品。芽株は陸前高田の海から社員の家族がとったもの。
つまり、地産地消をもっと突き詰めた「家産家消」の献立なのである。
 わたしの目の前で、河野さんは芽株のどんぶり飯をさらさらとやりはじめた。わたしもあわててお相伴する。叩きにした芽株の粒々した食感が、とろとろと口中をくすぐり、もうたまらない。だしと醤油の旨みに引き立てられた芽株に誘われて、三陸の海に潜っているかのように海の気分にひたりきった。
 食べ終わった社員たちは隣の休憩室へ移り、新聞を読んだり、テレビを見たり。河野夫妻も両親の部屋へ移動。一人残って食べつづけているわたしを、洋子さんがあきれたように、でもちょっとうれしそうに眺めていた。

三陸の春の日集め醤油蔵
               千恵子

(この項終わり)

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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは!!先日は御礼のハガキやら、またまた「本日も終了・食べればそれで良し」の社員食堂までご紹介戴きましてありがとうございました。
向笠さんの一書きで、八木澤商店の食堂も古く輝く黄金の台所に見えてきました。
さて、本日の昼食はうどんとそばの献立だったのですが、スプーンひとさじの芽株で盛り上がりました。量が少なく、ひとりひとさじまで!!という訳です。
これもまた美味しく食がすすむのです。
今年も二人新入社員が入社しました。桜の開花ももう少しです。
向笠さんのご紹介の通り、「家産家消」で毎日を過ごしたいと思います。
本当にありがとうございました。
「若め」の件、私も大賛成です。
お体を大切にお過ごしください。
八木澤商店 「台所総料理長(?)」 菅原洋子
お勝手係 菅原 洋子
2008/04/10 15:54

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