奥久慈の凍みもの紀行──大子の凍みこんにゃく
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作成日時 : 2008/03/06 07:56
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こんにゃくは「砂払い」といわれるように、お腹の掃除に活躍する。グルコマンナンという体内で消化しない多糖類のおかげであり、繊維質と同様な効能で便秘に効くし、ノンカロリーのためダイエット効果もある。
こんにゃくはインドシナ半島原産といわれ、日本へは古くから伝わっていたが、栽培されるようになったのは江戸時代初期かららしい。元来は生のこんにゃく芋をすりおろして固める製法だったが、芋が製粉されるようになってからは生産量が飛躍的に増えた。
この製粉法が生まれたのは、茨城県久慈郡。現代は奥久慈地方と呼ばれる地域で、水戸から北へ車で1時間半〜2時間、すぐ先は福島県という山奥である。
奥久慈名物は、常陸秋そばを用いた手打ちそばと、凍みこんにゃくと凍みもち。山深い土地なので、そばが名産なのはわかるし、こんにゃく芋の栽培とこんにゃくづくりが盛んなのも理解できる。
でも……「凍み」と付くのは? 奥久慈は「凍みもの」の特産地なのだ。凍みものとはわたしの造語だけど、要は寒冷だけど雪が降らない気象条件を活用した食品のこと。凍結乾燥といえばわかりやすい。夜の寒さで凍って、昼に溶けて水分が出るという過程をくりかえし、徐々に乾燥させていくのである。寒天がそうやってつくられていることはみなさんご存じだろう。だけど、奥久慈では、こんにゃくやもちを凍結乾燥させるのである。
凍みこんにゃく、略して凍みこんは、クレジットカードと同じサイズで、厚さは5ミリぐらい。一見スポンジみたいだが、かさこそした手ざわりで、固体状。煎餅のようでもあるし、干からびた油揚げのような気もする。早くいえば乾物の一種である。両面についた凹凸の筋は田んぼに並べて干すときに付いた稲藁の跡。陽にかざすと向こう側がかすかに透けてみえ、乳白色の小型オブジェのようでもある。ある種の美しさがあるといってもいいだろう。
ところが、いったん水で戻してぎゅっとしぼると、味がよく染みる便利素材に変身する。普通のこんにゃくよりは肌理が粗いので、煮汁がすうっと染みていくうえ、しこしこぷるんとした食感が楽しめる。もちろん、こんにゃく本来の繊維質はちゃんとキープされている。
原理としては豆腐と高野豆腐の関係に似ているが、凍みこんのほうはもっと元のこんにゃくに近いようだ。実は凍みこんには食用以外に別の効用が二つある。一つは染み込みがいいことから外科手術で止血材として使われる。もう一つは美容材料で、これで顔を洗うと肌がつるつるになる。成分中のセラミドが効くらしい。この成分は古式製法の生芋からつくるこんにゃくにしか含まれないそうで、また寒冷で雪が降らない「凍みる」立地も不可欠だ。つまり、これらの条件に該当するのが奥久慈なのである。
奥久慈は江戸時代からのこんにゃく産地ではあるものの、おもしろいことに、こんにゃく製粉法が生まれた土地でもあり、現代はこんにゃく粉の産地になっている。それなのに、生芋からが必須条件の凍みこんにゃくもあるとは──これ、如何に。
そのわけは、大子町の栗田孝一・晋一さん親子の志にある。
凍みこんにゃくは、こんにゃく芋栽培から始まる。3年がかりで生芋を育て、これからこんにゃくをつくり、スライスする。刈り取りのすんだ田んぼに稲藁を敷きつめ、ここにこんにゃくシートを一枚ずつ手で並べ、凍みさせる。手間ひまかかり、根気がいる作業である。
ご想像どおりの後継者難で、途絶えかかった時期もあった。15年前のことだったが、あえて苦労を買ってでたのが前述の栗田さん親子。本業はこんにゃく粉の製造販売業なのだが、凍みこんにゃくの継承を決意し、息子の晋一さんが隣町の水府村(現常陸太田市天下野)にいた廃業寸前の親方に弟子入りした。そして、失敗を繰り返しながら3年目にしてようやく売り物になる凍みこんを完成させたのである。
早朝、栗田さん親子を訪ねた。自分の吐く息が白く、春はまだ遠い。作業場は久慈川沿いに北上した大子町にあり、袋田の滝が近い。凍結した滝の姿がNHKニュースでよく放送されるように、このあたりは関東屈指の凍てつく地域なのである。
刈り取りのすんだ田んぼには稲藁が敷かれていて、その上には白い葉書のようなものが一面に。近づかなくともこんにゃくだとは想像できたが、それにしても美しい。天日干しする白の世界では吉野の葛の光景が最高だと思っていたのだが、こちらも勝るとも劣らない風情である。
晋一さんは膝を折り曲げ、一枚ずつ裏返し中。見ているだけで腰が痛くなりそうな重労働である。
干された生こんにゃくシートは、朝昼晩の3回、水をあびせられながら、夜間は凍り、日中は太陽で解凍しながら7日間干される。この間にアクと水分が抜け、最後に食物繊維だけが残り、カラカラした乳白色の乾物になるのである。1枚で1丁分の繊維質というからすごい。そして陰干ししてようやく出来上がり。こんにゃくづくりから合わせると1カ月がかりである。
↑束ねられた凍みこんにゃく
事務所に戻ると、奥さんが凍みこん料理を用意してくださっていた。
煮しめ。卵とじ。白和え。かき揚げ。きんぴらもあるし、おこわもあった。戻して細切りにしたり一口大に切り、下煮さえしておけば、どんな料理にも万能なのだ。汁の染みがいいので、どんな料理にしても、しこっとした食感の次にじゅっわっと煮汁が口中にあふれるのが魅力というわけ。
そういえば、この凍みこんは、山形県の米沢でもっとも消費されており、黒豆に入れたり、郷土料理の冷や汁という具だくさんの煮物に加える。
もしかして米沢の女性の肌理こまかく色白の肌は、台所にいつもある凍みこんにゃくを洗顔にも使っているせいかもしれない……。
凍みこんにゃくぷちと息吐く春北風(ならい)
千恵子
(この項つづく)
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