加賀の真鴨を治部鍋で──大聖寺名物・鴨の治部鍋
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作成日時 : 2008/02/21 08:22
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坂網猟で生け捕りにされた鴨の運命やいかにと、ベテラン猟師の浜坂加寿夫さんにうかがった。やっぱり、地元・大聖寺の鴨料理屋がいまかいまかと待ち構えていて、即買い上げということになるそうだ。片野鴨池に飛来するマガモは年々減ってきているから、猟師の腕の良し悪しにかかわらず収獲も減少気味である。それでいてマガモを食べたい人間は増える一方だから、獲物は引っ張りだこなのだ。
なお、大聖寺の鴨猟師はふだんの生計の道は別にもっている。猟の解禁期間中だけ、夕方になると片野鴨池を見下ろすポイントまで山道を登り、寒さに耐えながら猟をするのである。正月休みもとれないそうだが、むしろ浜坂さんは楽しげ。お兄さんと鉄工所を経営していて、そちらが本業なのだが、兄弟そろって坂網猟師でもあるのだとか。鴨猟は副業であると同時に最高のホビーなのかもしれない。
↑片山津温泉の高台から大聖寺を望む
さて、浜坂さんが鴨をおさめるのは「加賀料理ばん亭」という料理屋。大聖寺生まれのご主人・水口清隆さんが京都で修業後、開店した店で、初代ながらすでに老舗の風格をただわせている。治部鍋(じぶなべ)という人気の鴨鍋を考案し、すっかり地元でおなじみになっているからである。
食いしん坊ならお気づきだろうが、「治部」という名称は加賀料理の定番・治部煮に由来している。ただし、治部煮が鴨肉の切り身に小麦粉をまぶして醤油味のだしで煮るのに対し、ばん亭の治部鍋は小麦粉に片栗粉を混ぜた粉をつけて卓上の鍋で煮ていく。片栗粉を加えたほうが火を通したときになめらかな食感になるし、うまく鴨肉のうま味をとじこめられるから、口に入れたとき、じわっとエキスがあふれ出すのである。
治部鍋には、しわしわ形でさっくり味のすだれ麸と、わさびの薬味を入れるのが鉄則。これは治部煮と同じである。そのほかに、ささがきごぼう、春菊、白菜、白ねぎ、三つ葉、椎茸、豆腐といったとりどりの具が加わる。
目を奪われるのは鴨のロース肉のあでやかな色合い。紫と臙脂を足して二で割ったような深い赤色をしていて、脂身のクリーム色とツートーンの対比がみごと。緊張感をはらんでいるともいえる。たんに美しいだけでなく、食べ手の姿勢を正させる血の色である。坂網猟の光景がよみがえり、人間の食を支えてくれる生命に対して、わたしは静かに頭を垂れた。
やがて、おかみさんが鴨肉を箸でつまんで、一切れずつに粉をまぶして、そっと鍋に落としはじめた。わたしの目はもう釘付け状態。坂網猟でとった鴨は血が回らないので肉に臭みがなく、餌を食べる直前なので内臓もきれいなのだという。
火の通った鴨を小鉢にうけて口へ運ぶ。やわらかくてしたたかという矛盾した美味で、意外なほど淡白。ブラッディさなどまったくない。ぷりん、とろん、じゅわっ、と口あたりが三段活用しながら変化していき、最後に鴨のうま味が広がる。そうそうわさびを忘れてはいけない。ひとつまみのせて次の一口を味わうと、ひりっとした辛み。あれもこれもうまくミックスしていて、なんともたまらない。
↑ばん亭主人
ガラからとったスープを醤油やみりんで味をととのえただしには、もう鴨肉のエッセンスが溶け込んでいる。そのだしで、今度はすだれ麸やねぎを煮ていく。いい素材に鴨のうま味がプラスしているから、どんな具を食べても充実感がある。
この晩、一緒に鍋を囲んだのは地元大聖寺の加賀棒茶のご主人や陶芸家の方々である。みなさんの子供時代までは、お歳暮に片野の鴨が贈答されていたとのことで、そんな晩は鴨鍋にして家族で楽しんだそうな。思い出を語る彼らの顔が少年に戻っている。大聖寺の「三丁目の夕日」のごちそうは、片野鴨池の鴨とともにあるらしい。
加賀人の御国言葉や鴨の鍋 千恵子
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