加賀の真鴨を治部鍋で──大聖寺・片野の鴨池の坂網猟
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作成日時 : 2008/02/07 08:37
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下町歩きの腹ごしらえといえば、そば、うなぎ、すし、どじょうがおなじみだが、隠れた美味なら、合鴨(アイガモ)。わたしのひいきは両国橋のたもと近くの東日本橋にある鳥安。合鴨とねぎをオイル焼きにしただけの料理だが、皮から溶けでた脂で濃い紅色の肉がじゅわじゅわっと焼けるさまは、思い出すだけでよだれがこみあげてくる。
最近、鴨料理がちょっと気になっている。合鴨水稲同時作(合鴨農法)を広めた福岡県桂川町の古野隆雄さんと対談したとき、各地の鴨料理についてあらためて興味がわきあがってきたのだ。
古野さんによると、食用の鴨は大別して三種──野生のマガモ、これを飼い馴らして家禽にしたアヒル、アヒルとマガモを交配した合鴨である。なお、そば屋の鴨南蛮は大半がアヒルを使っているそうだ。
そして、それを知ったとたん、わたしは本物のマガモが食べたくなってしまった。たとえば、琵琶湖の鴨鍋。とくに近江今津の老舗のすき焼き仕立ての鍋はブラッディな美味がマガモの野生味をつたえてきたっけ。
それとも、鴨ハンターの主人がやっている壱岐の旅館の鴨鍋か。いやいや、男鹿の鉄砲打ちの農家のだまこ入りの鴨鍋もいいなあ。鴨鍋自慢の知人あれこれを、舌なめずりしながら思い浮かべていたら、はたと思い出した。肝心なところを忘れていた。
加賀の大聖寺。前田藩の支藩が置かれた城下町で、元禄時代からつづく坂網猟という県指定民俗文化財の鴨猟があり、それで捕らえたマガモの料理がまた独特なのだ。
治部煮とも治部仕立てともいい、鴨肉の切り身に粉をまぶして煮る料理。粉の効果で表面がつるりとした食感に仕上がり、噛むと、閉じ込められていた鴨のうまみがじわっと滲み出してくる。これを鍋に仕立てたのが大聖寺の鴨鍋である。
だが、鴨鍋を味わうにはタイミングが重要。マガモがシベリアから大聖寺の鴨池に飛来するのは11月後半からだし、脂ののるのは12月に入ってからである。だけど2月にはもう北へ帰ってしまう。旬はほんのいっときなのだ。
さっそく大聖寺へ急行したところ、美味誕生の第一現場は「片野鴨池」とのこと。雑木林に囲まれた大池と、周辺の湿地や水田をまとめてこう呼ぶそうで、位置は北陸本線JR大聖寺駅から車で十分ほどの日本海べり。マガモの季節になると、湿地や水田にたっぷり水を張るので、本来の池とつながって、あたり一面が広大な池となる。マガモをはじめ野鳥にとっては羽を休めるのにうってつけというわけだ。
片野鴨池では坂網猟以外の鉄砲猟などは禁止されてきたから、乱獲とは無縁。それが認められてラムサール条約に登録されたのは1993年。わたしは、その野鳥の楽園へ鴨鍋目当てに出かけてきたのである。なんと罪深い女であろう。
池のほとりには鴨池観察館があり、夕暮れ間近というのに館内は野鳥ファンで盛況だった。どの人も窓辺にすえた望遠鏡で池の鳥たちに見入っている。
一方、わたしはそそくさと外に出て、観察館の並びの建物に向かった。待っていてくれたのは浜坂加寿夫さん。土地っ子の鴨猟師で、22人いる坂網猟保存会の中核メンバーの一人。解禁期間中は毎日夕方になると猟に出る暮らしを30年近く続け、実績もすごいと聞いている。
冬の夕暮れはみるみる暗くなってくる。わたしは長靴に履き替え、浜坂さんを追って猟場に急いだ。
マガモを捕まえる場所は坂場といい、鴨池を見下ろす高台にある。夜行性のカモは日没からしばらくたつと、餌を求めて飛び立つ。このとき、餌のある場所に早く着こうとして山を越えて飛ぶ習性があるのが狙い目。猟師が山の斜面で網を持って待ち構え、カモが頭上を通過する瞬間に、網を投げ上げて生け捕りにするのだ。
坂場とはすなわち坂道の意味。あえぎあえぎ登るわたしの前を浜坂さんはすいすい。肩にかけているのは坂網と呼ぶ網で、物干し竿ぐらいの長さがある。上部半分が二股に分かれていて、そこに一辺2メートルほどもある逆三角形をした網がついている。
この大きな網を空飛ぶカモに向かって投げ、からめとるというのだから、なんともダイナミックだ。
それだけに、坂網猟には反射神経と集中力、さらに風を読む動物的な勘が必要。それを鍛えることは武道の嗜みに通じるといわれ、大聖寺藩ではこの猟を武士にしか許さなかったそうな。
ようやく坂の上に着いた。すでに猟師仲間はそれぞれ陣地を占めていて、池を見下ろしている。しーん。薄闇が、つっと真の闇に変わった。池の対岸の松が闇に溶けこんだのだ。
突然、キッキッキッという声が聞こえた。カモがペアで飛んできた。もちろんシルエットがおぼろげに見えるだけである。バサッ、ドサッ。網をカモに向かって投げたのが、はずれて網が落ちた音らしい。
しばらくするとまたカモの声がする。浜坂さんが網を投げ上げた。成果はどうか。わたしには何も見えない、何も聞こえない。あ、捕まえたんだ……網に向かって全速力で駆けていく浜坂さんの背中が語っていた。わあ!
万物のスイッチオフに池凍る
夕まぎれ天に投げらる鴨の網
寒の暮れつがいの鴨の高飛行
千恵子
(この項つづく)
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