ごはんの旅人・向笠千恵子の一食一会

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RSS 大津・月心寺庵主さんの精進料理

<<   作成日時 : 2007/12/20 08:35   >>

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 月心寺の庵主さんがつくるごま豆腐がずっと気になっていた。かの「吉兆」創業者で日本料理を世界に知らしめた故湯木貞一さんがお墨付きを与えた味ということ以上に(湯木さん存命の頃の吉兆は、味、品格、しつらえすべて完璧だった……)、店主が庵主さんからおそわったという店のごま豆腐に「さすがほんまもんの味」とうなった経験ゆえである。そして、それ以来ずっと、師匠の村瀬明道尼のごま豆腐を食べる日を夢見ていたのだ。
  ほんまもんの味とは、文字通りの意味で、明道尼はNHK朝の連続ドラマ『ほんまもん』のヒロインの料理師匠のモデルといわれている。波瀾万丈の人生と痛快なもの言いで知られる──そのご本人に会ってみたかった。

 ところでわたしは、舌の上でぷるるんと揺れる食べものが大好き。この食感の最たるものがごま豆腐なのだ。
 ごま豆腐は、すり鉢でごまをよくすり、水を加えて布でこし、その汁に薄く塩味をつけて葛で寄せたもの。ごまの精がそのまま閉じ込められているだけに、精進料理なのに濃厚なうまみがあり、それでいてけっしてくどくない。
 また、ごま豆腐ほどお寺によく似合う料理もない。材料のごまと葛には滋養強壮があり、僧侶たちの長命を支える黒子といえる存在である。人気サプリメントのセサミンの原料はごまだし、風邪に効く葛根湯は葛の根からとったでんぷんからつくられる。葛湯や葛きりで超簡単においしく食べることもできる。アンチエイジング、スローエイジングのために、誰もが常食にしたいほどの食品なのだ。なお、一般に「葛」と呼ぶのは葛根からとったでんぷんを精製したもののことで、吉野葛とか甘木葛という名称は産地名を頭に付けたブランド品である。
 ごま豆腐が精進料理の代表になっているのは、ごますり即修行という発想があるからだ。ごますり自体はイメージの悪い言葉だが、ごますり上手の修行僧は仕事に真面目に励む見どころのある坊さんなのだ。実際、すり鉢とすりこ木で行う作業は、人と道具が一体になるほどに自我を捨てて取り組まなければうまくいかないし、そうでないとごまはいい味を出してくれない。これが修行でなくてなんであろう。
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 前置きが長くなった。月心寺は京都から国道を大津に向かい、トンネルをくぐったあたり。逢坂山の麓にあたる。逢坂山といえば「百人一首」の蝉丸の歌で名高い名所だが、現代は門前をトラックがはげしく行き交っている。
 が、一歩入ると、「枕草子」に三名水の一つとして謳われた走井の井戸あり、相阿弥作の名庭あり。走井餅の茶屋の所有から日本画家・橋本関雪の別荘となり、その後禅寺に改められ、昭和36年からは明道尼が庵主となって、宗派に属さない独立寺院として今日に至っている。
 昼のおときは11時開始。きっちり15分前に着いたのに、座敷にはすでに先客十名が座っていて、厨に一番近い端っこだけが空いていた。だが、これがよかった。というより、台所を見たがるはずのわたしのために、庵主さまがわざわざとっておいてくれたに違いない……。
 お許しをもらって厨を拝見した。小間まで付いた板張りの大きな台所である。天井の真中に明かり取りのガラス窓がはめてあり、差し込んだ冬日が庵主さんのおつむを輝かせている。肌もすっぴんの乙女のようにつやつや。藍の作務衣がすがすがしく、よく通る大きな声はとても八十ン歳には見えない。
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 庵主さんは台所の真ん中で椅子に腰掛け、鋭く目を光らせ、ときどき声をかける。交通事故後遺症で右手右足が不自由なので、ベンチの野球監督のようにならざるをえないのだ。だが、台所にはご飯の湯気がもうもうと上がっているし、鍋には一升瓶からどぼどぼ醤油が注がれるなど、作業は着々と進行中。明道尼の料理と人柄に惚れ込んだ女性たちが事あるときは駆けつけるのである。
「あんたはんもはよ食べ」と庵主さんに言われ、席にもどった。最初に運ばれてきたのは、鼠志野の皿に盛ったごま豆腐。濃い灰色の器に豆腐が白く映え、下に流してある醤油と天盛りのわさびの色との対比が美しい。
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 手前に置かれた箸袋に五カ条の食事の教えが書かれているのは、禅宗の食事の決まり事なので驚かないが、その脇に冷酒の杯があるとは……さすが酸いも甘いも経験された庵主さんらしい。
 ごま豆腐は想像していたより大きく、豆腐半丁ほどもあって量感たっぷり。こうこなくっちゃと、わたしはすでに大満足。もわっとごまの香りが鼻孔をくすぐり、舌にのせたとたん、ぷるんふるふるとろりん。つづいて、ねっとりした葛の食感が広がる。この一瞬の法悦を提供するために、庵主さんは夜明け前からごまをすっているのだ。仏さまにお経をあげることと、遠くからやって来る人間のために料理をつくることは同じだと、庵主さんは信じているのである。
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 ごま豆腐の後は、白味噌の豆腐汁、ご飯、蓮餅と銀杏の椀ものと、汁・飯・おかずが揃った。そして京にんじんや百合根の炊き合わせ、れんこん、椎茸、ごぼうなどを細々と切り揃えたあい混ぜ、大徳寺麸の煮もの、かぼちゃと高野豆腐の炊いたん、春菊のごま和え、冬大根とお揚げの炊いたん、どぼ漬けや奈良漬けなどの漬けもの盛り合わせが大鉢で次々と。茶懐石スタイルが京のおばんざい風な献立に転じるのが楽しい。
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 腹八分目で心が満足した頃合いに、庵主さんが座敷に顔を出した。海のものと山のものという意味合いでみかんと揚げ昆布の盆盛り、そして走井の井戸ゆかりの走井餅を一同にすすめてくれる。昆布は庵主さんみずから左手で鋏を使って細切りにしたものだ。そして時事評論を皮切りに人生訓を小気味よく語りはじめた。わたしがそっと見たお顔は、午前1時に起きて働いた充足感で神々しいほど美しかった。

尼寺の土間にどさりと冬至柚子
                    千恵子

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