信州おやき旅――小川村、生坂村編
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作成日時 : 2007/11/01 06:38
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次は西山地区。長野市西部の山間部に位置するための総称で、具体的には中条村、小川村、信州新町などを指す。土地の大半が急な傾斜地のため、米づくりはむずかしく、麦、豆、そばなどの産地になっている。そのおかげで粉食の文化が発達し、とくに囲炉裏で焼くおやきは日常食であった。
このおやきに着目し、小川村の前村長が地産地消の目玉にした。村に縄文遺跡があることから「縄文おやき」と名付けたり、復元した竪穴式住居の囲炉裏で伝統おやきづくりを体験できる第三セクターの会社をつくって大成功したのである。
↑小川村の風景
善光寺から車で小1時間。小川村の一番奥にあるおやき村に着いた。村を一望できる見晴台の脇に半円型の真新しい石碑があり、「丸いおやきで心もまるく」と刻まれている。善光寺のお坊さんの書らしい。こんな山の奥まで善光寺のご威光がぴかぴか輝いているとは縄文人もご存じあるまい。
↑おやきの石碑
竪穴式住居を模した工房には大型囲炉裏があり、年配のスタッフが伝統製法を実演していた。囲炉裏の中央には「ホイロ」と呼ぶ平たい鉄鍋がかけられている。生のおやきをのせて両面に焼き目をつけたあと、「ごとく」を大きくしたような鉄の置き台に移してじんわりと焼いていく。おやきは囲炉裏の遠赤外線を浴びるから、おいしさが増すという寸法である。
その日のおやきは野沢菜としめじ野菜で各1個150 円。どちらも銀座木村屋のあんパンとほぼ同じサイズだが、へその代わりに焦げ目がこんがり付いている。
あつあつは素手では割れないくらい熱い。半分に割ると湯気がもわっと上がり、メガネが曇る。醤油の香りと塩漬けの菜っ葉特有の匂いがぷーんと鼻孔を刺激してくる。唇にあてると、焼き立てのフランスパンのようなかさっこそっとした口当たりに続いて、野沢菜がねっちょりと舌の上でほどける。食感の対比が新鮮だし、皮が野沢菜のうまみと薪の火のうまみを吸い込んでいい味を出している。
丸めては焼き、丸めては焼きを繰り返している白衣のおばちゃんに尋ねると、「今年で七十歳。村では若いほうだし、会社は定年なし。まだまだこれからよ」とのこと。今でも米よりおやきの夕食が普通というから、おやきは若さにきくのかもしれない。
小川村では「おぶっこ」という太めんの煮込みも自慢。野菜のうまみが溶け込んだ味噌仕立ての汁にとろっとからんだ太めんは、食べだしたら止められない。もちろん、小麦粉が原料である。
小川村に名残りを惜しみつつ、19号線を南下して信州新町経由で生坂村(いくさかむら)へ。この村も合併を拒否して独立自尊を選んだ地域。現村長はおやきで活性化を目指しているらしい。生坂おやきはおやきの原点の「灰おやき」。「灰ころがし」ともいうようだ。ほうろくで焦げ目をつけてから囲炉裏の灰に埋め込んで、余熱でじっくり焼く囲炉裏焼きおやきの極めつけの伝統手法である。
1個350 円前後という値段だけに、大人のこぶし大のビッグなおやきだ。まだらに入った焦げ目がおいしそうで、ずしんとくる重みがまたうれしい。
では、いただきます。わくわくしながら割ると、賽の目切りのなすに味噌味をつけた具がどんと詰まっている。小豆あんのほうも同様に具がぎっしりで、にんじんを彩りに加えた刻みキャベツのおやき同じくどっさりの具。大口をあけて、固くてむっちりした皮と一緒にほおばると、おかずパンを百倍おいしくしたような充実感。
↑なすのおやき
もぐもぐやりながら夕焼けの道を歩いていると、車にマコモタケを積み込んだ農家の夫婦に声をかけられた。「直売所の帰りなんだけど、いらんかね」と荷台を指す。「無農薬で栽培しているし、炒めものやサラダにいいんさ」と、二人でにこにことすすめる。“小麦もの=粉もの”のおやき旅の最後にイネ科植物のマコモタケが登場するのも変だが、なんとなく2束も買ってしまった。
秋夕焼おやきの焦げも信濃かな
千恵子
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