北前船ゆかりの味──松前、江差紀行 その2
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作成日時 : 2007/09/19 07:02
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俳句の歳時記には「松前渡る」と「松前帰る」という季語がある。前者は夏、後者は秋で、文字どおり夏に蝦夷地・松前へ出稼ぎに行き、秋になって戻ることをいう。秋に帰ってくるのは、是が非でもふるさとの祭りに参加するためだ。「渡る」も「帰る」もいままでは読み飛ばしていた季語だが、今夏の旅以来、急にリアリティが出てきた。松前・江差は現代でも足の便がわるく、往時の人々の思いを実感できたからである。
松前・江差間の約七十キロは、本数の少ない路線バスしか移動手段がない。なのに、わたしは乗り遅れてしまった。松前城跡の資料館で江戸時代のこの町の賑わいを描いた屏風絵に足が止まったり、漁港でいかや本まぐろの水揚げに見とれたり、つまり、松前には見どころがありすぎたというのが理由だ。
タクシーを頼もうと町役場へ相談に走ったら、ちょうど江差へ行くというOさんに出会い、同乗させてもらうことになった。ここは誰もが親身になってくれる町なのだった。
車の行く手には、曇り空の日本海と、熊笹の茂る原野が続くだけ。対向車はまったくない。
でも、車内の空気はあたたかかった。Oさんがとても陽気な人柄で、食べものの話になるとずんずんのってくる。昨日泊まった矢野旅館の人たちといい、くじら餅の粉など内地にはない商品を説明してくれたムライスーパーのおかみさんといい、他人にやさしいばかりでなく、人付き合いが洒脱なのだ。これは古い城下町ならではの人情であろう。
江差の手前、上ノ国町に入った。ちょうど昼どき。Oさんが水土里庵(みどりあん)というそば屋で車を止めてくれた。この店がよかった。口髭の似合う若い店主は、一茶庵系そば屋で修業してからUターンした方。ネイチャー感あふれる屋号といい、自分で書いた筆文字の看板やのれんをインテリアに生かしていることといい、ひと昔前のヒッピーっぽい感覚がなんだか落ち着く。
石臼挽きそばのそば粉が信州産というのもおもしろい。内地では北海道産そば粉を謳い文句にしているそば屋が多いのに──水土里庵では、自分なりのそば粉選びに自信をもっているのだろう。
ともあれ、ざるそばと身欠きにしんの煮物がセットになった冷製にしんそばを注文した。しなやかで舌をぴちぴちとくすぐるそば。甘辛が互角に主張する濃いめのつゆ。身欠きにしん特有の渋みをいい塩梅に残した煮物。どれもが素朴な味のはずが、不思議に洗練されていて、それでいながら京都のにしんそばにはない、おおらかさをもっていた。
松前、江差特産の身欠きにしんは、もともと北前船によって内地に運ばれ、京都でにしんそばという逸品料理の主役となった。だが、現代の地元では、信州産そば粉の応援を得て、地産地消の新郷土料理に変身しているのである。(続く)
ふるさとは 秋祭とや にしんそば
千恵子
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