ごはんの旅人・向笠千恵子の一食一会

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北前船ゆかりの味──松前・江差紀行 その1

<<   作成日時 : 2007/09/04 21:01   >>

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 かつて、北海道の産物は松前、江差から出荷されていた。身欠きにしん、棒だら、昆布はその代表だ。
 そのほかにも日本海側には北前船が運んだ昆布や魚の食文化が残っている。同じ文化が、山国の会津若松には日本海から舟で運ばれ、京都へは琵琶湖の水運を利用し、西回り航路ができてからは瀬戸内海経由で大阪までつながった。

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 そうやってもたらされた会津のにしんの山椒漬け(連載第2回参照)、えび芋と棒だらを炊いた京都のいも棒、大阪人のごはんに欠かせない塩昆布は、そのまま郷土を代表する味覚になった。
 そういえば、沖縄料理で昆布をよく用いるのも、いったん富山に入った昆布が薩摩経由で沖縄へ運ばれたからである。
 先日、北前船の根拠地の松前、江差に行ってきた。青森経由で津軽海峡を渡り、函館から木古内、知内を経て松前に至るコースをとった。
 まずは青森港近くの岸壁で、復元した北前船を眺めた。北前船とは近世初めから明治にかけての日本海海運を全般を指すニュアンスで、船そのものは初期は櫓船、後には弁財船(べざいせん)と呼ばれる帆船になった。復元された弁財船はもちろん木造で、全長二十五メートルくらい。意外に小さい船だけに、にしんや昆布を満載して日本海の荒海を乗り切った北の男たちの姿がとてもリアルに迫ってくる。
 荒々しい男たちといえば、青森で相撲の関取の一行を見かけた。そのわけは、函館から松前に向かう国道に大相撲巡業のポスターがたくさんあったのでわかった。
 函館から九十キロあまり、松前町の手前の福島町に入ると、往年の千代の山、千代の富士を生んだ福島町には幟が何本も立っていた。そういえばここは青函トンネルの北海道側の起点でもある。

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 夕暮れにようやく松前町に着いた。とば口に位置する福山の歴まち商店街では、子供たちが楽しませてくれた。十人以上がわいわいがやがや、手に大きな袋を持ったり、担いだり──。すると、みんなそろってそば屋へ入って行くではないか。北前船で渡ってきた近江商人が先祖という名物そば屋である。老舗とサッカーシャツの子供たちという意外な取り合わせがおもしろい。現代の子供ファッションは都会も田舎も違いはないのだ。
 お子さま一行はすぐ出てきて、こんどは筋向かいの矢野旅館へ向かった。わたしの宿だ。急いで先に入り、待ちうけていたら、真相がわかった。
笹の七夕飾りを手にしている子がいるのも納得した。
 その日はちょうど旧暦の七夕。子供たちが「♪今年しゃ豊年七夕まつりよ 大いに祝おう ろうそく一本ちょうだいな 出さねばかっちゃくぞ おまけにどんづくぞ」と歌うと、おかみさんはお菓子の小袋を次々と子供たちに渡すという次第なのだ。
 このあとも子供たちは食料品店や松前漬け屋をとっぷり日が落ちるまで回っていた。彼らにもいつか、遠い街でこの日を思い出すに違いない。
 松前は松前藩の城下町で、江戸時代後期には人口3万、蝦夷地の首都として栄えたが、北前船が廃れてからは漁業以外にあまり働き口がなく、出稼ぎに出る男たちが多いのである。
 それだけに、松前には観光業でがんばろうという気分が強いようだ。矢野旅館はその典型で、北前船ゆかりの佐渡に先祖をもつ美人母娘が切り盛りし、松前の味をていねいにつくってもてなしてくれた。
 ほっけのちゃんちゃん焼きはキャベツ、玉ねぎ入りで、味噌の焦げ香がたまらない。うにの茶碗蒸しは豪快でいて繊細。磯の香りのところ天は辛子醤油で味わう。量が只事ではない大盛りで、松前が漁師町なのを再認識した。鍋は真いかのげそ団子と豆腐。豆腐はご主人の豆腐屋のものである。

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 旬の真いかは刺し身でも登場し、しこっとしてねっとりの食感で口を喜ばせてくれる。刺し身はさらに本まぐろ、あわびと続く。本まぐろといえば、青森・大間ばかり有名だが、津軽海峡をはさんだこのあたりも同じ海域。まぐろ漁では負けていない。

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 濃厚なうまみのまぐろに、こりこりあわびと続いたので、白いご飯でしめくくりかと思ったら、続いていか飯が運ばれてきた。駅弁大会の人気もののいか飯は、函館近くの森の駅弁が有名だが、松前の家庭の味でもあり、矢野旅館一家もよくつくるそうだ。

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 いかの腹にもち米を詰め、甘辛に蒸し煮したいか飯には、日本海のうまみが詰まっている。米がとれなかった蝦夷地では、北前船が運んでくる米は超贅沢品だったのだ。
 翌朝のごはんは、松前漬けがおかずの主役。“松前”とつけば昆布を用いた料理のことだ。松前漬けはするめと昆布の細切りを醤油味で漬け込んであり、粘った食感がご飯にぴったり。昔ながらの伝統保存食だが、現代人向けに薄口に仕上げてあるのが気がきいている。

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 お昼用に岩海苔弁当、松前ご飯弁当を用意してもらっていたのだが、あまりおいしそうなのでちょっとだけ箸をつけてしまった。地元の磯でとれた岩海苔を何重にも重ねた海苔弁は、むせ返るほどの海の味だった。北前船の船頭たちも食べたのだろうか。
 松前漬けをうるち米ともち米で炊き込んだ松前ご飯は、コシのあるおこわ風で、するめと昆布のコクが舌の上に広がる。松前漬けにはこんな利用法もあるのだ。
 そこで、松前漬け屋を探訪してみた。旅館近くの松前物産館・ヨネタには、伝統味のほか数の子入りや山ごぼう入りの新製品まで揃っていた。しかもすべて保存料なしの無添加。旅館といい松前漬け屋といい、現代の流行に合わせているわけではなく、故郷の味を愛するがゆえに“混ぜもの”
嫌いのままで押し通しているのに違いない。(続く)

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